でれでれ兄さんと混乱する京介


「好きだよ」

 花瓶の水を変えようとすると、兄さんが笑いながら言うのが聞こえる。いきなり言ってきた言葉があまりにも恥ずかしい言葉過ぎて、なんて返して良いかわからなくなった。俺は逃げるように花瓶を水道まで持っていくとひっくり返して、水の入れ換えをする。勢いよくしたせいで服が濡れた。
 兄さんが女の人付き合っていたのならば、兄さんはその女の人に同じことを言っていたんだと思う。そして女の人はこんなかっこよくて優しい素敵な剣城優一を目にして、私も、だとか返して兄さんを喜ばせるのだ。だが現実はどうだろう。なにを誤ってか、その付き合った相手は弟の俺だ。可愛げもなく、兄さんに甘えてばかりの男である。俺に好きだと返されても嬉しいのか、いいや嬉しくない。兄さんは弟思いだし俺のことを少々美化していたが、さすがにこれは嬉しくないのではないだろうか。
 もんもんと考えていると花瓶から水が溢れ出ている。ピンクと白の花を戻し、窓際に置いた。

「京介〜、そろそろ返事くれないと兄さん寂しいぞ」
「え、いや、そのごめん」
「謝らなくていいさ。京介は俺の言葉にどう思った?」
「嬉しいに決まってるだろ!」

 兄さんの質問に間髪をいれずに言い返すと、兄さんは照れ笑いしながらそっか、と言う。その言い方が可愛らしくて手を握り、兄さんが驚くのが見えて手を離した。なにやっているんだ自分、と後悔しながら下を向いていると兄さんは俺の頭を撫でる。心地よくてそのままにしていると、兄さんは口を開いた。

「可愛いな」

 兄さんのかっこよくて優しくて色っぽい声に、どきりと胸が跳ねる。言われたせいでもっと顔があげられなくなった。今日は幸せな日とは思うが、心臓に悪い日でもある。兄さんは素直に物事を判断し、自分の意見を言う人だ。だからこそ普段俺が口下手なのを全てを察して、話してくれるし理解してくれる。そう、兄さんは俺を理解しているので、こういう類いの言葉を言われるのも言うのも苦手だと知っていた。いや、知っているはず、なのである。
 半泣きになりながらうなずく俺に、兄さんはまた困るような質問をしてくる。

「京介は、おれをどう思う?」

 勘弁してくれ。逃れられないこの状況に俺は目を泳がせた。
 どう思う、聞かれて好きだとか自慢の兄さんとか色々返しがあるが、今はきっと可愛い、と言われたあとなので兄さんは『自分も可愛いか』と聞いているんだと解釈する。それならば答えはその通りだ。優一兄さんは普段はかっこいいが、おちゃめ面もあり時おり見せる子供の顔は誰が見ても可愛い。
 じゃあ俺にかわいいと、一言言わせたいのか。なんて拷問だ。

「か」
「か?」
「か、可愛いよ、兄さんは、世界一」

 思いの外上手く言えず、カッコ悪く言ってしまう。これくらいの言葉、兄さんならそれとなく言い退けてしまうのだろう。羞恥に震えていると、兄さんの手が俺の手に当たった。間違えたのかと思い少しずらすと、次はしっかりとさわられる。
 さっきあんなに驚いていたのに、積極的だな。
 上に乗った兄さんの手を人差し指でなぞると、兄さんはくすぐったいのかたじろいだ。それが面白くてもう一度しようとすると、兄さんに手首を掴まれる。はなしてくれ、ふざけたように言おうとすると兄さんは真っ赤なかおでこちらを見ていた。

「兄さん?」
「京介、どうしよう」
「なんだよ」

 先ほどまで俺をさんざ困まらせたくせに、今度は兄さんが困った顔をしている。用件も言われていないのに聞かれても、俺がアドバイスできることはなかった。
 なにも言わないまま兄さんは俺との距離を一気に縮め、口付ける。俺はいきなりされて驚いたが、兄さんからすることはほぼないので嬉しくなってもう一度し返した。すると一回や二回じゃ変わらないので、そのあともリップは続く。一生懸命に目を瞑ってキスしてくる兄さんが可愛くて、顔をそらして頬にキスすると兄さんは動きを止めた。どうしたのだろうと顔を見れば、また困った顔をしている。

「なんで、困ってるんだ」
「だって、だってな、京介可愛すぎるんだ」
「は?」

 意味の分からない兄さんの言葉のせいで色気あるムードも掻き消され兄さんはまるでぬいぐるみを愛でるかのように俺を抱き締めると、内蔵が出てしまうのではないかというくらい締め上げた。苦しいと離れようとすれば、兄さんはそうはさせまいと俺を空気ごと抱え込みはなさない。

「もう、兄さんは俺を可愛い可愛いって…どこがかわいいのかわからない!」
「あーもうそういうところだよっ」

 そういうところとは、聞く前に兄さんの俺の頭を撫でた。子供じゃないのだから子供扱いは止めてほしいのだが、兄さんはやめるつもりはないらしい。
 ただ撫でられる手がふと止まり、兄さんに目を向けると笑っていた兄さんの顔が真顔になった。すると、その綺麗な顔がゆっくりと近付いてきて唇が重なる。ただのキスと油断していたがそのまま角度を変えられ、舌を持ってかれそうになった。いわゆるそういうキスだと気付き、期待に答えるべく必死に絡ませるがなかなか上手くいかない。

「ぅ…は…んぅ」

 鼻で息ができなくなってきて口で息を吸うと、色っぽい吐息が出た。恥ずかしくはあったが苦しいので仕方がない。兄さんとこうできるのは幸せだが、どうも苦しくてかなわなかった。それでも舌を動かし続けて目を開けてみると、兄さんがの動きが止まっていることに気づく。兄さんはからかったように笑っていた。

「なにがおかしいんだよ」
「ふふ、いや、あはは」
「〜っ、兄さんのバカ、もう知らねぇ!」

 俺は恥ずかしくなって病室を抜け出そうとする。帰るまではいかないのでジュースでも買って頭を冷やすことにした。俺が出ていく寸前までも兄さんは笑っていて、前から兄さんはそうだった、一回笑いのツボに入るとなかなか抜け出せなくなる。扉をしめようとしたとき、兄さんが言った。

「ほんっと可愛いなぁ!」

 兄さんは、時々、変なところがある。




120822




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