今日はサッカーないんだって。そっか、じゃあ帰ろっかな。天馬にしては珍しいね、自主練しないの。うん、今日は黙って帰るよ。
 遠くに聞こえる声を、剣城は机に突っ伏しながら聞いていた。俺も帰ろう、と思いながらもうたた寝していた体はすぐには動かない。剣城は席が窓側になってから、寝ることが多くなった。夏に近付いていく季節は程よく暖かいし、風も肌寒くは感じない。微かな風が自分の髪を揺らすのを、ただ感じていた。

「剣城も帰る?」

 さっきまで剣城とは正反対の扉側から聞こえていた松風の声が、上から降ってくる。剣城は目を擦りながら上を見上げると、松風が笑いながらこっちを見ていた。
 なにがそんなにおかしい。

「ああ」
「じゃあ一緒に帰ろうよ」
「いいけど」

 眠気も冷めてしまった剣城は、かばんを持ちながら立ち上がる。剣城が帰ると分かって松風も急いで自分の席からかばんをとってきた。
 教室を出ると、放課後といえどまだ暗くはないのであちらこちらに生徒がいる。何部なんだろう、とぼんやり考えてしまうのは自分が部活に入っているからだ。サッカーが一番良いとは思うが、ほかの部活からしてみれば自分の部活以上のものはないだろう。押し付けがましいのは良くないと、目を瞑った。
 隣では、松風が今日あった出来事を言ってくる。聞いたわけでもないが、口下手な剣城からしてみれば話してもらえるのは嬉しかった。体育のベースボールで転けた話を聞いて、心のなかで笑う。転けた瞬間剣城は見ていた。照れ臭そうに笑う松風を見ながら心配しながら立ち寄ろうとすると、すぐに元気そうに立ち上がりベースボールに集中している。それが松風らしくて、心配した自分がばかだなと思った。
 だいたい出会ったばかりの時は、容赦なくサッカーボールで苛めていたくせになにを今さらとは思う。けど前と今とじゃ、変わりすぎた。同じチームでも敵だった松風と剣城は、今じゃ信頼を寄せている。松風は剣城の兄の事情だって知っているし、いままでのことも話した。そして、一番変わったのは松風と剣城は付き合っているということだろうか。男同士、彼らに隔てる壁も、二人からしてみれば好きなのだから良いだろうとそれすら乗り越えた。そんな考えをするまで、それはそれは大きくぶつかり合ったはしたが。
 もう変わってしまった話題を聞きながら、剣城は適当に話を聞いた。飽きたわけではない、逆に松風の瞳を見ることに飽きがこないだけ。

「外国行きたいな、イタリアとかフランスはどう?」
「めんどくせ」
「そういわないでさ! イタリア語もフランス語も話せないよ。迷ったらどうしよっか」
「迷わなきゃいいだろ」

 もしもの話! と頬を膨らます松風に、剣城は笑ってやった。外国の旅行の話なんてどうやったら出てくるのか。松風の会話の回路には理解しがたい。だが、剣城はそれも面白くて、なんでも聞いた。

「剣城、結婚しよう」

 たとえばこんな、意味の分からない話でも。

「なにバカなこと言ってんだよ、なにがどうなってそうなる」
「だって今の笑った顔、めっちゃ好きなんだよ、これ以上にないってくらい! しかも俺独身いやだし、けど剣城以外の相手と結婚するのも考えられない」

 笑った顔が好きとか、浮気はしないと言われたのは嬉しいが、やはり彼が繋げていく連想には付いていけなかった。剣城は舌打ちする。自分の目の前の男は、とても純粋で、それ故に単純だ。

「剣城が愛しくてたまらないんだ、これだけじゃ結婚する理由にはならない?」

 だから、こんなこと言えるのだ。剣城は歩いていた足を止める。バカの次元ではない、モラルの問題だった。
 理由もなにも、結婚ができないだろ!
 言ってやりたい気持ちでいっぱいになる。そうだ、もしどちらかが女ならば『ああ、いつかしよう。約束だ』の一言で済まされた。そしていつかのことを考えて、また相手を深く愛すのだろう。だが、述べた通り彼らは男同士だ。二人が気にしていないといえど、同性結婚は国が決めなければどうしようもない。
 バカだな、ホント。

「立派な理由だな」
「だろ! けど、剣城はまたバカとか…」
「高校生になってバイトしたら指輪買ってやる。結婚指輪だ」
「え、あ」

 だが、こんな話に乗ってしまった剣城は表せられないくらいに脳がない。嬉しそうに目を輝かせる松風に、胸を踊らせた。
 松風とてただの能無しではない。結婚が出来ないことくらい知っていた。ただ、彼は口約束でも未来を約束したいのである。だからこそ、ふざけて笑ったあの瞳の奥には不安げに揺れる彼の核があった。
 彼はいつもは堂々としているくせに、恋、いや、剣城のことになればとても臆病である。剣城はとっくに人生を松風に捧げると決めているのに。

「指輪、だけじゃだめか。俺の気持ちだけじゃ」

 言えば、いまにも涙が溢れそうだった松風の目は、次は喜びに震えた。剣城はそれを返事と取り、周りを見渡す。松風もつられて見渡して、お互い見あった。そして、唇を合わせる。誓いのキスと言えば剣城はまた、バカだというかも知れないが、松風にとってそれほど印象的だった。松風は後ろに揺れる木々が歓迎して笑っいるように見え、結婚式は大成功だと思いながら幸せに身を寄せる。全く同じことを剣城も考えながら、バカだなと思った。




120522/いとしのナマケモノさんへ



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