松風と剣城がケンカした。そんな話をされたとき、部員たちは勘違いだとその情報を笑った。たしかにケンカ、らしいものなら見たことはあるがそれは剣城が一方的に怒っていて、松風が謝っているといった図である。だからこそ二人が怒っているケンカだ、なんて想像つくはすがなかった。
 だが目の前の状況を見て、部員達は目を疑う。たしかに、二人は距離も開いていて、目が合ったと思えば意地をはって目をそらしていた。これは立派なケンカで、しかも、主に松風の方が怒っている様子である。

「あの温厚な松風を怒らせるなんて、剣城なにをしたんだ?」
「さぁね! まぁあいつの態度すかしててムカつくからなぁ」
「狩屋!」

 昔は仲の悪かった霧野と狩屋のそんな掛け合いを見て、たしかにあの松風を怒らせるなど相当なことをしないとあり得ることではなかった。普段は人のケンカを気にしない錦や天城ですらも、なんだなんだ、と野次馬状態である。
 神童と三国は顔を見合わせながら困ったように歪めた。こんな状態になれば解決するのはキャプテンとゴールキーパーくらいしかいない。神童はため息をつきながら松風へ、三国は咳払いをしながら剣城へと向かった。

「剣城」
「はい」
「松風となんかあったのか」

 三国がストレートに聞くと、剣城はすみません、と言い返すだけである。気を使わせて申し訳ない、ということなのだろう。三国は剣城の横に座ると、あまり顔を見せてくれない剣城をのぞきこむように見た。
 剣城のこんな悲しげな表情はあまり見ないと、三国は思う。よほど松風とケンカしているのがショックなのだろう。ここで確信についた。松風が怒っていて、剣城は謝れないでいるのだ。ここは先輩の活躍が必要だ、と三国は手を合わせた。

「気にするな、皆心配なだけだから、迷惑とかじゃない。なにでケンカしたんだ?」
「わから、ないです」
「松風がいきなり怒っていたのか?」
「本当に、気にしなくていいんで」

 会話は簡単に終了してしまう。剣城のことだ、こうなることは分かっていた。三国は神童を見る。神童は視線に気付き一度三国を見るとうなずいて、松風に話しかけた。

「天馬」
「はい?」
「お前と剣城どうしたんだ。ただのケンカじゃなさそうだな。」

 神童は剣城の表情でそれくらいはわかったので単刀直入に言う。これくらいでないと、スムーズに話せないと思ったからだ。
 だがこれももしかしたら剣城のようにかわされてしまうかもしれない、その時は二人に触れずに見守ってやろう。神童がどんな答えが来てもいい、と覚悟したとき、松風はにこやかに話し出した。

「剣城が、俺のこと好きじゃないって言ったんで、素直になるまで懲らしめてやろうと思って。俺、ちょっと怒ってるくらいなんで先輩方は気にしなくていいですよ!」

 神童は答えを聞くために尋ねたが、まさかこんな答えが帰ってくるとは予想していないので、目をぱちくりと開けることしかできない。こんな可愛い顔をして、懲らしめてやるなんて言葉を言うなど今だ信じられなかった。ケンカの内容は可愛らしいが、剣城はかなり気にしている、というか負のオーラが尋常ではない。
 それなのに松風はへらへらと笑いながら、剣城の落ち込む姿を見ているとは。完全に松風の手の中で踊らされている剣城を不憫に思ったが、下手に首を突っ込んで飛び火をくらうのも勘弁してもらいたいので、神童は苦笑いしながらその場から離れることにした。



 部活ももう終わりに差し掛かる頃、剣城はまだ松風を気にしていた。剣城が気にしていたのは部活からではない、登校の時、つまり松風が怒り出したときから松風のことしか考えていない。
 松風とは門についた時にちょうど会った。いつもと変わらないような会話で、ただ松風が話しかけてきたことを剣城が聞いているだけである。松風がくだらない話をして、剣城が適当に返事をするだけ。それなのに、松風はいきなり気分を悪くした。そしてみるみるうちに機嫌は底辺まで落ちて、別れる頃には口もきかなかった。部活に来てみれば直っているかと思ったが、状況は悪化している。そして部活が始まったときはまだ目が合ってそらされる、なんてことがあったが、今じゃ反らされることもなかった。もともと合わせる目もない。剣城はいままで松風がここまで怒ったの見たことがないため、正直戸惑っていたがあの松風がこんなに頑なに話さないのには、やはり自分が悪い。ここは謝らなくてはならないと、剣城は思った。
 だからこそ、今のこの時を待っていたのである。着替えがすむと必ず、部室の清掃が入った。これは、一年の仕事であるので残る人数は少なくなり、また、今回は清掃を忘れて帰った松風と、兄の病院で急いで帰った剣城二人が残ることになっている。謝るには絶好のチャンスだった。
 そして無言の清掃を終え、いつもは挨拶をする松風も黙って出ていこうとしたところで、剣城は松風の後ろに立つ。今だ今だと話しかけようとするが、なかなか言い出せずにいた。すると、影で分かったのか、松風は踏み出そうとしていた一歩を引っ込めて無表情のまま振り返り、まばたきをさせる。

「なに」

 その表情に、剣城は震えた。見たこともなければ、松風がこんな表情を見せるのか、と今が現実か疑いたくなるほど、松風の眼は冷たい。松風の目は、剣城を見ている、の次元でなかった。もう、存在すらとらえていないように、その場には松風の目はない。
 剣城は無性に腹がたった。松風の眼に自分の色が映らないのが、気にくわない。そしてそれくらいで胸が傷んで仕方ない、自分も情けなく、松風につかみかかる勢いで言った。

「なにをそんなに怒っている、理由くらい言ったらどうだ!」
「俺は、理由も分からない剣城にも怒ってるんだ。もういい、話にならない」

 松風はまるで話を続けたくないと堂々と云うようにそこまで言い切ると、剣城に背をむけた。剣城は、目が熱くなるのを感じる。だがまだ、腹が立つという余裕は残っていたようで松風の腕を掴んだ。だが、すぐに振り払われてしまう。そこだけ、スローモーションに見えた。
 こうなってしまうシチュエーションは何度もした。人から悪態つかれるのは慣れている。だが、松風とのケンカは居心地が悪いので、許してもらえずとも、最悪謝ったら逃げてこようとまで考えていた。それなのに、逃げることすらできない。ここから動きたくない。ずっと、あの目で、自分をぼやけたままにされてしまうのかと思うと、いてもたってもいられなくなった。

「てん、ま」

 剣城の呼び掛ける声に、松風は笑いそうになる。そう、松風は怒っていないのだ。素直にならない剣城へのちょっとイタズラである。先輩たちにはちょっとは怒っているようなことを言ったが、一ミリも怒っていなかった。ただ、言ってくれないのかな、という好奇心だけで動いた行動であったため、剣城がこんな反応を見せてくれたのは想像以上の収穫だった。
 そろそろいいかな、剣城を見てあげようとすると、剣城から触れてくる。その行動に松風はぎょ、とした。

「つ、剣城?」
「ごめん、何回でも謝るから、許してくれないか」

 松風の服の端を掴み、頭は肩にもたれてくる。触れるのが怖いようで、それ以上は触ってこないようだ。顔が見えない分声で剣城がどんな状況下にあるのか判断する必要があるのだが、声すら震えていたのでこれが剣城の限界だろう。
 騙してごめん、心の中で謝りながら、剣城、と松風は出来るだけ優しく呼んだ。そして剣城の手をそっと離させる。それすら拒絶と勘違いしたのか、真っ赤な顔をあげて松風を見てきた。だが、松風の笑みを見て動きは止まる。

「もういいよ、ごめんね。俺も変な意地はっちゃったしさ。仲直りしようか?」
 剣城はようやく、松風の目に映った。松風の綺麗な瞳に揺れる自分を見て、剣城は松風の問いに頷くことしかできない。そんな剣城が松風はかわいくて仕方がなかった。

「一緒に帰ろう!」
「…ああ」
「あ、そうだ。帰りにおでん食べたいな!」
「じゃあ、寄るか」

 松風が普通の話題をふれば、剣城も普通に返してくる。たしかに、松風を気にする剣城も良かったが、こう自然と微笑みながら話している剣城の方が数倍も良かった。
 実は俺の方も話せなくて寂しかったんだよね。だからもう、からかうのは止めておこうかな。松風は心に誓いながら、もう一度扉に手を掛ける。剣城を見れば、輝いた剣城の目に映る松風が、嬉しそうに笑っていた。



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