二年生の先輩と剣城


「さよーなら」

 いいながら教師が曖昧な礼をしながら、扉へと向かうと、生徒たちは待っていたとばかりに弾けるように立ち上がった。
 そんななか、剣城はゆっくりと立つとポケットに手を入れながら出口に向かう。学校にはサッカー部にしか興味がない剣城にとっては、この時だけが幸せの時だった。ゆっくり歩きながら階段に行く途中、松風のクラスを覗いてみるとHRが長引いているようで、先にサッカー部へ行くことにする。だいたい共に行くと約束したわけでもないので、気にかけることもないのだが。
 階段を降りていると、前から柄の悪い男子が3人、並びながら階段を登ってきた。端から通れないこともないが、3人とも間を開けているので通りにくい幅となっている。その3人はまったく人を気にしていないようで、剣城が通ろうとしてもずれる気もないようだ。だが剣城も気にしない。体を横にするわけでもなく、彼らの端を通ろうとした。だが、やはり相手と肩がぶつかる。当たり前だと思っていた剣城はそのまま通りすぎようとするが、二の腕を捕まれ止まらなければならなくなった。後ろを振り向けば、嫌な予感は的中。3人のなかの当たった相手が剣城を鋭くにらんでいた。

「てめー、なんか言うことあんだろーが」

 謝れ、そう言いたいのだろうと思うが、剣城は謝りたくない。逆に人を気にしない態度を改めてほしいくらいだった。だが、よく見てみれば相手の上履きが、自分の上履きと色が違うことに気付く。どんな色だろうと、剣城の上履きと色に違いがあれば間違いなく先輩だ。
 剣城は何事も反抗的な考えはあるが、根は真面目である。腹が立つのは今も変わらないが、先輩であるし自分の態度も悪かったので謝ろうとしてそちらを見た瞬間、胸ぐらをつかまれて引き寄せられた。

「なんだ、その目! ケンカ売ってんのか」
「あ、そいつ、サッカー部の剣城だぜ。あの生意気な」
「こいつがか…おい、ちょっと来いよ」

 言われるがまま、剣城は一言も発することも出来ずに後ろへとつられて行く。今、サッカー部の剣城、と言っていたということは前々から剣城の存在を知っている人らしいが、剣城はこんな非常識な輩には覚えがない。最後に生意気な、と言われたのできっと剣城の派手な格好に目をつけていたのだろう。このような体験は度々あった剣城は、驚きもせず、どこに連れていかれるのか、何を言われるか、考えていた。

 ついた場所は、男子トイレである。ここは比較的教室から一番離れており、職員室からは見えない場所だ。教員も職員トイレ以外は使うことがないので、来ると言えばトイレがしたくなった生徒。だがここは2年のエリア。わざわざ2年のエリアに来たということは、男たちは2年なのだろう。2年が見知らぬ年を助けるはずもない。つまり、しめるのにはもってこいの場所だということだ。

「おい、こっちむけよ」

 ポケットに手を入れながら下を向いていた剣城に、1人が声をかける。さすがにやばい、とは思うが従わなければ面倒なことになるのは目に見えていた。ゆっくり顔を上げれば、頬に衝撃が走る。驚き、というよりもやはり、という気持ちの方が大きいので剣城はふらつきながら壁に手をかけ、男たちをみた。

「満足ですか」

 殴られたのはムカつくが、なにより、早く部活へ行きたい。
 少しバカにしたように笑いながら言うと、その態度がまた、男たちを燃えさせたのかもう1人も剣城に手をかけてお腹へと蹴りを入れた。サッカーボールならお腹へ入ったことはあるが、さすがに膝ははじめての体験であり、水道へ手を掛けないと立てないくらいのダメージを負う。それでも満足しないようで、剣城の前髪をつかむと無理矢理上を向かせた。

「お前、先輩への態度がなってねーな! 特別に、俺が教えてやるよ」

 男は自棄になって、剣城の足を蹴る。さすがにバランスが取れなくなり倒れこむ剣城に、馬乗りになって剣城の両腕を片方の手でまとめた。そして頬を、また、殴る。
 剣城は口のなかが血の味がするのが分かる。ここまでくれば正当防衛なので得意の蹴りをお見舞いしたいところだが、馬乗りになられては反撃は出来なかった。この状況はまずい、気付いたときには遅いのか、もう一度、男が腕を上げるのを見て、剣城は覚悟をして奥歯を深く噛む。
 だが、痛みはなかなか来なかった。瞼を開けてみると、目の前に人がいたが、その者は手を差しのべている。剣城は目を見開いて、彼を見上げた。

「剣城、大丈夫か!」

 神童が心配そうな顔で眉間にシワをよせて、剣城を見ている。剣城は状況が読めず頷くだけしかできず、その応答に神童は安心したように強ばった顔を緩めた。肩をもたれ、立ち上がらされるが痛みで立てないでいると神童は自分の肩に剣城の腕を回すと、トイレから出させようとする。

「意外と強くないんだな」
「ちゅーか、弱いね!」
「こういうバカなやつらをクズって言うんだな」

 回りを見渡せば、霧野や浜野、倉間が男たちを押さえていた。だから助かったのかと思っていると、速水が剣城に上着をかぶせる。
「だ、大丈夫ですか。これ、落ちてました」

 剣城は、ただ、うなずいた。しばらくして青山と一乃が教師を呼んできて、男たちは引っ張られていく。連れていかれる男たちに浜野がかなり爽やかに、「次剣城に近付いたらサッカーボールの刑なー」と言うと男たちは何を想像したのか顔を青ざめた。そんな男たちが見えなくなると、神童は剣城を見る。

「保健室に行った方が良い」
「あ、いや」
「どちらにしろ練習に出られないぞ。悪化しても困るから、今日は休め。1人で歩けるか」
「…はい」
「よかった。じゃあ皆、行くぞ」

 神童が仕切ると、他のものたちは何事もなかったかのように歩き出した。誰も剣城がされたことについて触れない。強いて言えば、霧野が剣城の汚れた制服をほろったくらいだ。
 剣城のプライドを知ってだろう。そんな優しさがむず痒くて、剣城は自分の制服をつかんだ。まだ、言えてないことがある。男たちへの謝罪でも、恐怖からの泣き言でもない。

「先輩っ」

 だれに、向かって言ったのだろう。剣城の声に目の前にいた神童、霧野、倉間、浜野、速水が振り向く。すると剣城は、安心と感謝で微笑みながら口を開いた。

「ありがとう、ございました」

 剣城の顔をみて、五人とも一度動きが固まり、そして五人とも同じように顔を染める。剣城がそのタコのような顔に驚いていると、色々な言葉が飛び交ってきた。

「部員を助けるのはキャプテンなんだから当たり前だ、十分に休暇を取れ!」
「気にすんな、またなんかあったらすぐ呼べよ」
「べ、別に! 神童に呼ばれたから来てやっただけだよ!」
「お礼なんかいらないっしょー! 今度から1人でなんとかしようとしちゃダメだかんなー」
「い、い、いや、こちらこそ、無事でなによりです」
 いきなり先輩たちがしどろもどろしだしたのを見て剣城は戸惑うが、1人1人にちゃんと返事をする。そんな剣城に、何故か必死に話しかけてくるので、剣城はまた、笑ってしまった。そして笑っている自分に、ぼんやり、と思う。


(サッカーも楽しいけど、俺はこの人たちを好きなんだろうな)




120119


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -