汗ばんだ肌が、じんわりとシーツを滑るのが気にくわないと思いながらも、彼を乱すのは止められなかった。恥ずかしそうに顔を隠す剣城に口付けする。剣城は嫌と言わずとも分かる、眉間のしわを浮かべるのに、今はどこにもなかった。彼の妖艶な動きが、自分だけのものだと思うと、嬉しくてたまらない。何度も苛めるように体のラインをなぞった。剣城が限界、と顔を歪めたとき、松風は布団から飛び上がるように起き上がった。

「う、うそだぁ」

 朝方で冷え込んだ部屋だというのに、松風は額に汗を浮かべている。松風が起きてこんなにもすぐ言葉を発したのも、生きていてはじめてだ。初めての言葉は見ていた夢を否定する言葉だった。
 松風は思春期真っ只中であるし、浅ましい考えから夢になることは仕方がない。だが相手は友達、ましてや同性のチームメイトを自室のベッドの上で快楽を得ながら犯していたのである。彼も自分も好き同士なのが、夢といえどもひしひしと伝わってきた。それが、後ろめたい。自分だけならまだしも、剣城も自分を思っているだなんて。

「天馬くん、起きなさーい。って、もう起きてたの。めずらしいわね」

 秋がドアをノックしながら入ってくるまで、松風はベッドに縫い付けられたように座っていた。


 学校の校門に着くまで、松風が考えた結果、あれは自分の記憶の整理にすぎなかったのだと片付けることにする。
 昨日の帰り道、浜野に散々大人のお姉さんの体について聞かされた。松風は興味がなくその場から立ち去りたかったが、影山が捕まってしまったので自分も付き合うことにする。その場には三人しかいなかったのだから、嫌でも二人の会話(と表現するより浜野1人の一方的な語りといった方がいいのだろうが)が入ってくるものだ。そして、昨日の夜は珍しく剣城からメールが入っていた。内容は『貸している社会のノートを返せ』というとてもシンプルな文面の催促する電子手紙である。そこで、返事を打ち込み、すぐに布団に入った。
 きっとこの二つの珍しい出来事が重なって、自分の夢に出たのだと思う。思い返してみても浜野の下品なトークのときも聞きたくもなかったので剣城を浮かべることはなかったし、剣城からメールが来た頃には帰り道にあったことなど忘れていた。松風はいつまでも、あれは本心ではない、と何度も言い聞かせている。

「おはよう!」
「ぅあ!」

 元気の良い挨拶と共に松風の肩が叩かれた。過敏な反応を見せた松風に、西園は笑いながらどうしたの、と聞いたが、今さっきまでの考えていたことも言えるはずもなく、何にも、とぎこちなく返す。西園はそこまで気にしている素振りも見せないので、松風はほっと胸を撫で下ろした。
 今日は朝練習は無いと言われたのは部室に向かう途中、音無に言われてからだ。グランド整備があるため、サッカー部と言えど今日ばかりは休みらしい。いつまで時間が掛かるか分からないが、放課後ももしかしたら、との事だった。いつもの松風なら、残念と思いながら、他の場所で1人で練習に励んだだろう。だが、今日ばかりは良かったと思ってしまった。サッカーに申し訳なく思ったが、松風はそれどころではない。
 もし、練習があるのならばいつもの練習をする。それもそうだ、松風の気持ち以外この世のなかは何ら変わりを果たしていないのだから。だが、そうなると二人でする練習などが回って来た場合、ペアが剣城になる可能性が高い。西園がペアになることも多いが、剣城から寄ってくる場合もあるのだ。その時断るのも、いざ練習となって避けるのも剣城に嫌な思いをさせるかもしれない。
 明日に、なれば、きっと意識することもないと思った。今日の朝に見たのが悪い、明日になれば忘れる、もしかしたら放課後に忘れているかもしれない。そうだ、そうにちがいない。松風は言い聞かせるように、教室へ向かった。
 だが、向かい側から剣城が歩いてくるのが見えた。胸がドクンドクンと意識していることを自覚させる。静まれと言い聞かせても、もちろん、静まるはずもなかった。何もなければ、今日は練習ないんだって、などと話しかけて、ただの朝の会話で終わることが出来たのに。最悪な夢を見てしまったことは仕方ないと片付けたはずなのに、またなんで見てしまったのだ、と責めた。このまま部室に行けば、剣城も今日が休みだと分かるだろう、わざわざ言うまでもない。ここは、スルーさせてもらおう。松風は西園と話に夢中なふりをして、すれ違おうとした。

「あ、剣城、今日練習ないって」

 いつもは話しかけないはずなのに、西園は剣城を呼び止めて音無に言われたことを伝える。そうだ、いつもならば、松風が伝えているはずなのである。
 剣城は曖昧に頷いて、松風を一度見て視線を外した。気付かないふりをしたのに、これでは意味がない。松風は違和感が出ないように、笑いながら声を掛けた。

「剣城、おはよう」
「ああ」

 松風は、上手く挨拶出来ている。剣城も挨拶に応じているし、いつも通りだ。だが、松風の心はひどく荒れている。無愛想な顔がどのように歪むかなんて、夢ではあるが妙にリアルに頭に残っていた。体に熱が帯びるのが分かり、松風は歩くのに必死である。剣城は松風の異変に気付くはずもなく、同じ方向なので松風とは離れているが、後ろについた。それだけでも、嫌なくらい、胸は高鳴る。



「へえ、だから今日そんなにおかしいのか」

 松風は気まずそうに頷くのを見て、神童は苦笑いしながら松風の頭を撫でる。現在、昼休み、ばったり会った神童は松風の異変に気付き、心配してくれたのだ。最初は松風も話せない内容とは思ったが、自分だけではあまりにも解決できそうにないので神童に相談することにした。
 相談と言っても全てを話すのではなく、あくまで剣城を知り合いの女の子と置いてである。ましてや、情事をしていたとも言えず、内容はデートしていたと状況はかなり柔らかく話されていた。それでも、松風はやましい夢を話せたようで気が軽くなる。

「そんなに悩むな。誰だってそんな夢見るんだぞ」
「いや、その。あの子に申し訳ないですし、気まずいというか。」
「夢なんだから意識しなくていい。」

 神童は慰めるために言葉を選んで言ってはくれるが、解決策にはなりそうになかった。松風の気はどんどん下がっていくだけである。神童もそんな松風を知ってか、それ以上なにを言うわけでもなく隣にいるだけだった。
 そうだな、と神童は切り出す。いきなりあげられた声に、松風は俯いていた顔をあげた。

「松風は、きっと、その子が好きなんじゃないのか」

 分からないだけで、と小声で言ったのはなぜだか。松風のぷっくりした頬は、桃色に染め上げられた。慌てる松風をみて、神童は指を合わせる。

「寝ていて見る夢は、記憶の整理だ。けどな、記憶の整理をしていて彼女が出てくるのは微かにでも、彼女を思ったからだ。その子と話したからって、毎日出てくる訳じゃない。だって俺は松風の夢には出ないだろ。つまりは、松風が日々彼女を想う気持ちが出てきたんだよ。松風の夢は、願望でもあるってことなんだ。」

 あとは松風が考えることであると、神童は思った。かわいらしい後輩を見ながら、助言になればいいと、言った言葉である。
 だが、松風は悩ましくなった。いってしまえば、彼女でなく彼、内容などてを繋いだくらいではなく、ベッドの上で解け合っていたのである。願望と言われてしまっては自分の性癖が気持ちが悪く思えた。
 けれど、神童に言われて、“やっぱり”という声が松風の頭にこだまする。

「そうなんですかね」


今日も今日とて夢を見る




111210




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