「悩み事ってあるか?」

 二人きりで摂る昼食中に、剣城は首をかしげて、俺に聞いてきた。仕草がいちいちかわいいものである。そんなことを言えばやめてしまう気がしたので、質問に答えることにした。
 悩み事、か。言われてみば無いかもしれない。言うなれば、現在のサッカーの在り方についてである。でも、解決はしているので悩むほどでもなかった。

「ないなぁ。」

 きっぱり告げると、剣城はそうか、だけ言って考え込んでしまう。ないことはいけないことなのか、悩み事がないのはいいことなのではないのか。食べるはずだったからあげを、一旦置いて考えてみた。
 もしかしたら、剣城自体があるのかもしれない。聞いて欲しいが自分からは相談出来ないから、遠回しに聞いてもらえるようにいっているのかもしれない。

「剣城はあるの?」
「え、いや、今は…ない」

 ないのかよ!
 相談しやすいように言ったのに、無駄な考えだったようで。俺は食べ損ねたからあげを口に入れた。さすが秋姉、レストランに出てくるくらい美味しい。良く噛んで剣城を見ると、剣城も良く噛んでいた。いや、長く動かしているだけである。食べることよりも、義務的に動かしているかのように、噛む動きは定期的で、食べ物を意識すらしていなかった。やはり悩み事があるんだと思い、剣城を良く見てみるが、視線に気づくと剣城は俺の頭を叩く。

「見すぎ」

 いつも通りの剣城だ。



 放課後になっても、剣城の様子は一向に変わることはない。練習の時も手厳しい剣城のままで、安心したかと言えばしたが、どこか納得いかなかった。なにかあるだろう、なにか、と考えていればいつの間にか帰る時間になっていて、剣城は帰る準備をする。俺も、急いでユニフォームを鞄に詰めた。
 扉を開ければ寒い風が、俺らを包む。俺は思わず縮こまり、鞄を持つ力をいっそう込めた。剣城は平然と、ポケットに手を突っ込み歩みを進める。俺はもやもやとしていた、黙って剣城の手を取りだし、学校だというのに関わらず手を繋ぐ、してはいけないことくらい判断が出来ないほどやきもきしていたのだ。剣城は振りほどこうとせずに、俺を黙ってみる。

「どうした」
「昼いきなり悩み事について聞いてきたじゃん、なんか悩みでもあるの?」

 思ったよりも早く口から言葉が出ていた。きっと剣城が聞いてくる前から、この言葉は喉の手前で形になっていたのだろう。俺の言葉を聞いて、剣城はおかしな顔をして、首を横にふった。
 うそだ、と言おうとしたが、すぐに止める。剣城の言っていることは真実のようだった。俺は聞きたかったことが聞けたと云うのに、答えを聞いて言う前と同じ気持ちのままである。では、質問を変えようと思った。気持ちがすっきりしていないのだから、俺が聞きたいことは、おそらく、このことでは無かった。

「じゃあ、なんで俺に悩み事なんか聞いてきたの?」

 良い質問だと思う。これで何が返って来ようとも、俺が求める核心に近づける気がした。剣城も俺の言葉を聞いて、俺が引っ掛かっていることがわかったのだろう。剣城は困ったように歩きを速めた。

「西園が、言ってたんだ。好きな人の悩み事、は、解決してあげたい、って。俺もその気持ちに、同意した。だから聞いてみただけだよ!」

 一つ一つ繕うように、言葉を選びながら丁寧に並べるが、最後には耐えられなくなったのか大きく怒鳴りあげる。剣城は余裕がないので、言葉を発するたび胸が高鳴るばかりの不甲斐ない俺には気付いていないようだ。悔しいが、今、剣城に確実にときめいている。

「…もし、悩み事があったとしても、今ので吹っ飛んだよ」

 指先すら冷たくする風でも、上昇する温度を冷ますことはなかった。熱が伝わってしまうのは耐えられないが、繋いだ手だけは離したくない。


111020


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