円堂監督の助言

 松風が太陽を見上げる。剣城は目を細めて、松風を見た。今日も届かないと心のどこかで思いながら、ポケットに手を突っ込む。落ち込んだように、目をそらす剣城の視線に松風は気付きながらも見ないようにした。剣城が泣きそうな顔をしているのを、見たくないからである。



 剣城は休憩中に誰も来ない木の下で休んでいた。汗をかいたせいで、風で冷えて寒く思える。日向に出るか、と頭に浮かんだ瞬間に目の前に手が出された。中学生にしては大きな手だと思う。顔を上げれば、まぶしいくらいの笑顔が待っていた。

「そこ、寒いだろ」

 円堂は言いながら剣城の腕を取ると、立たせて暖かい所に座らせる。剣城も戸惑ってはいたが、暖かい日差しの心地よさに居座った。円堂はどこかに行ってしまうのではないかと思っていたので、座ってくれたことが嬉しかったのか、笑みを浮かべながら剣城の隣に座る。
 剣城も嫌ではないようで、もんくは言わず座っているだけだった。円堂は何度か剣城の様子をうかがって、バンダナを直しながら呟くようにいう。

「なんかあったのか」

 円堂が近づいて来たのは、剣城と話したいからだけではないらしい。剣城の無造作に垂らした指先が揺れた。円堂の方を見れば、やはり大人の人と思うくらい悩みを吐き出したくなる包容力がある。剣城は悔しい気がしたが、いつの間にか喉が動いた。円堂に言ったからと言ってなにか変わるはずもないと分かっているのに、かさりと、乾いた唇を開く。

「太陽に、近付くにはどうすればいいんだ。」

 円堂は剣城が弱く吐いたのを聞いて、目を丸くした。素直に相談するとも思っていなかったし、なにより剣城の悩みが分からない。宇宙飛行士にでもなりたいのか、と円堂は思った。大人になったら子供の気持ちは分からなくなるとは聞いていたが、これほど考えに差が出るとは思っていなかったので、侮っていたことになる。
 円堂が正しい答えを探していると、剣城はやはり潤わない唇を舐めた。冷めていると言った方が正しいだろうか。

「俺は、まるで虫のように小さくて醜い。太陽には近付けない」

 いいながら、剣城はダンゴムシのように背を丸めた。そこで円堂はやっと理解した。太陽とは松風のことだと、何故気付かなかったのだろう。円堂は自分の幼さに、笑いたくなった。
 共に剣城は、自分を悲観的に見すぎだと思う。人は十人十色と言う諺が作られるくらいに、それぞれ違う。いいところもあれば、悪いところもある。剣城は自分の悪いところと、松風の良いところを比べていた。円堂が変だと気付くのには時間は掛からなかった。
 だが、ここで、今、円堂が思ったことを言っても剣城は納得しないであろう。むしろ、良くない考えがポンポンと出てくる気がした。さて、どうしよう、と円堂は思う。可愛い教え子だ、険しい道を通るのは人生として大切だが、抜け出すヒントを与えてやるのも大人の仕事。こちらも向かない剣城に、一言円堂は言った。

「虫は太陽に触れられない。」

 円堂の言葉に、剣城は世界に突き放されたかのように目を瞑った。円堂は、ううん、と続きの言葉を考えてにっこりと笑う。

「だがな、剣城、太陽からも虫を触れない。いや、太陽は物を照らして元気にするが、何にも触れられない。どうだろう、虫は小さくて醜いけれど誰かと触れられる、そして暖を取ることもできる。太陽は無理だ、煌々と宇宙で目立つが、逆に言えば孤独で寂しい玉だ。なら虫の方がよっぽど幸せだとは思わないか? お前はそんな寂しい玉とお前の尊敬する人を一緒にするのか?」

 円堂はそこまで言うと、剣城の背中を見た。彼の背中は丸まってはいない。安心したように、円堂は息を吐いた。剣城は自分の論をひん曲げられて、戸惑っている。何が自分の考えなのかと思っているんだと思った。

「じゃあ、あいつはなんなんだよ」

 震えた声で言う剣城に、円堂は考えるふりをする。そんなこと、円堂が知ることもない。剣城の考え次第だ。剣城がやはり太陽だと思えば、あの者は太陽のままである。
 だが円堂に問うということは、もう彼のなかで太陽ではないのだろう。また、もっと素晴らしいものを見つけあの者に当てはめようとしている。それでは意味がないのに。

「じゃあ一緒でいいんじゃないか、お前が虫なら奴は虫だ」

 円堂は淡々と言った。決して面倒だから、簡潔に述べた訳ではない。円堂の考えである。のむものまないも剣城の選択ではあるが。剣城は首をふった。やはり自分と一緒では畏れ多いものなのか。

「奴が一緒でありたいと望んでいるのに?」

 彼はやっとこちらを見たのを機に、円堂はその場から立つ。あとは、自分が言わなくとも剣城が変わる気がしたからだ。剣城は座ったまま、なにかを考えるようにまた丸まった。

 数日後、剣城と松風が話している所を円堂は見ることが出来る。松風も幸せそうに話していて、松風はやはり同じ位置に立ちたかったらしい。当てずっぽでも言ってみるものだと思う。幸せそうな二人を見て、円堂は家に帰りたくなった。


111012


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