松風は俺を信じていた、俺もまた、松風を信じている。だから、兄さんにも話せないことも松風には話せた。兄さんを信じていないわけではない、ただ、兄さん以上に松風を信じていただけのことである。
 俺らはまだ、中学生だ。世間のことなど、気にしてはいなかった。けれど、これだけはわかった。男が男を好きになることは、おかしいことだと。
 そして、そのおかしいことを俺はしていた。

臆病者と卑怯者

「さっき転んだところ見せてみろ」
 ベンチで休んでいた松風に、俺は近寄りながら言うと、松風はあからさまに嫌な顔をした。そして、右足を隠したので、右足を怪我したのだとわかり、俺は跪く形になりながら、松風の足を見る。すると、ふくらはぎは痛々しくと腫れていた。俺は大きく息を吸い込む。
「松風!」
「ご、ごめん」
 いつもこいつは無理をするので、名前を呼ぶだけで注意すると、松風は俺が言いたいことが分かったのか唇を尖らせながら謝った。本当に謝る気があるのかは、定かではないが、とやかく言っても松風は折れないと思うので手当ては空野に任せて、俺も休むことにする。
 本当は松風のする、小さな事など気付きたくもなかった。けれど、自然と見ていて気付いてしまうのだから、仕方ない。全てが気になってしまうのだ。松風が、誰かと話したりしても。吸水を求めていたはずの体は、いつの間にかまた、松風に向いていた。いい加減にしてくれと言いたいが、自分の体なのに言うことを聞かない。見えるは、空野と話す松風。
 松風に手当てしながら注意する空野と、それに困ったように笑みで返す松風はお似合いであった。見たくない。見たところで何になる、苦しむだけだ。
 松風が笑むだけで、誰だろうと嫉妬してしまう。そして思う。彼は俺のものになればいいのに、と。
 すると、空野を見ていたはずの松風がこちらを向いた。そのせいでばっちり目が合ってしまう。俺は慌てて目を反らし、逃げるようにその場を立つ。だが、どれだけ松風は早いのだろう。あっという間に目の前にいた。クールダウンしている途中だったのだろう、右足だけ下がった靴下をあげながら俺を見る。俺は痛々しい松風の右足を眺めながら、松風がこちらへ来た意味を考えていた。空野が折角手当てをしていたというのに、俺のところに来る必要は果たしてあったのか。なにも話さない俺に、松風はゆっくりと微笑みかけた。
「なんで気付いたの? 転んだのだって気付かないくらい、小さい動作だったでしょ」
 松風の問いは、まるで、俺が毎日目で追っていることを分かっているようで。俺は何も言えなくなった。気付かれているはずもないのに、何を言っても好きだと聞こえるように感じて怖かったのである。
 俺は声を無くした者のように、口をぱくぱくと開くだけで、何も言えなかった。松風も言えないと分かっていたのか、長い時間も待たずお礼だけ言って空野のところへと戻る。そのせいで、また、嫉妬する羽目になった。
 言えないくせに、一丁前に嫉妬して、彼の周りを憎む。醜いものであるが、俺にはそう生きるしかなかった。彼は光の中の人間であるし、最初から俺が近付けるはずもない。俺はこれからも彼への恋心を怖がりながら、過ごすのだと思うと、これからの毎日が恐ろしくなった。

110925



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