「好きだよ」

 片付けるために持っていたボールが落ちて、ぽーん、と跳ねた音がする。落としたのはきっと、俺のせいではない。目の前の松風のせいだ。
 松風は至って真面目な顔をしている。いきなり言ってきた意味など、松風しかしらない。俺は混乱しながら目で何を言っているんだ、と訴えれば、松風は可愛らしい笑顔を浮かべた。

「だって、思ったんだもん。言っちゃだめなの?」

 こいつの考えていることは、本当に分からない。だが言ってはいけないわけじゃないので、首を横に振れば松風はゆっくり笑みを深めた。そして何事もなかったかのようにボールを拾いはじめるので、俺は戸惑ってしまう。松風の方を見ても全ての事が終わったかのように、俺に背中を向けていた。
 俺は好きを返していない。好きと言われただけで、言い返していないのだ。松風は良い友達であるから、好きだし、日頃の感謝を伝えたい。だが、いつもは照れ臭くて伝えられないので、今がいい機会だと思った。だから、今なら言えるかも、と先ほど混乱の中、期待した。けれど松風は俺の意見を求める言葉を言ってくれていない。これでは何も言わないまま終わってしまう。
 けど、言えるはずもなかった。いきなり、松風に対して、好きなどと。

「なにしてるの、先輩達もう帰ってるよ」

 終いには信介まだいるかな、とまったく俺を気にしていないようなことまで言い出した。これでは完全に俺に話はふらないだろう。
 だが、今しかない。どうやって好きと言おう。そのまま好きと言うか、それともさっきの話なんだが、と戻してからか。悶々、考えても出るとは思えなかったがどうしても伝えたかった。

「ま、まつかぜ!」

 最初舌を噛んでしまいそうになったが、すぐに、言い直すと松風はこちらを見る。呼んだはいいものの、なんて言えばいいか分からなかった。どうしよう、手汗まで滲んできて、俺は追い込まれる。松風は俺の言葉を待っていた。

「俺がお前をどう思ってるのか、知りたくないか!?」

 言っている事がおかしいことに気付いたのは、言ってから5秒経った今である。どうしてもあっちからどう思ってるの、と聞かせたかった俺は変な言い方が出てきてしまった。
 これでは松風に鼻で笑われる。なんとか弁解しようと続きを考えるが、こんなときに限って言葉は出てこなくなってしまうのだ。だが、いっぱいいっぱいな俺とは打って変わって、松風はボールを見つめながら、一言呟いた。

「知ってるから、遠慮しとく」

 松風を直視出来ないでいた自分の顔を上げると、松風はボールを蹴りながらもう遠くまで行っている。俺は段々、自分の体が熱くなっていくのが分かった。
 知っている、だなんて言われてしまうなんて。俺は分かりやすい人間なのか、それとも、松風だから分かっていたのか。どちらにしろ、俺の気持ちが分かると言うことは、表面の友愛だけでなく、もう一つの感情も読み取られてしまったようである。それならば、もう、松風と顔を見合わせるのすら、恥ずかしくなってきた。俺は其処に座り込んで、砂を蹴る。さっき松風が口にした人物が俺を呼ぶ声がしたが、俺は顔を上げることができなかった。
 ほらみろ、夕陽も馬鹿にして俺を紅く染め上げる。



110923/面倒くさい剣城


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