優一と京介

「兄さん」

 京介が俺の名前を呼ぶのが聞こえる。ドアの方に目を向けると、京介が花を持ちながら微笑んでいるのが見えた。俺が驚きを見せると、京介は得意気に笑う。子供のように笑う京介は、昔に戻ったように見えた。

「綺麗だね、高かっただろ?」
「べつに」

 俺が申し訳なさそうに言うと、京介はぶっきらぼうに答え、俺に渡してきてくれる。花はカラフルで、少し小ぶりだが、京介にとっては高かったと思う。俺が喜んだのを確認して、京介も喜んだ気がした。一緒に買ってきたのか、青の花瓶と赤の花瓶を俺に差し出す。
 俺が青の花瓶を取れば、京介はその花瓶を取り、花と共に消えていった。残念ながら選ばれなかった赤の花瓶は、ぽつん、と俺の横の棚に置かれている。京介はすぐに戻ってくると、映える窓側に飾ってくれた。夕日を浴びて、黄色の花が色を変える。

「忙しいなら無理して来なくていいんだぞ」

 俺の言葉に、京介はポケットに手を入れながら、椅子に座るだけでなにも言わない。俺は黙って花を見つめた。
 すると京介は、いつものように夕日を見つめ、学校にも行かない俺に学校の話を楽しげに話しはじめた。度々出てくる松風くんは、どうやら一番仲が良いらしい。サッカーの話になると、一段と目を輝かせる。京介は、俺の足を気にする弟ではない、一番生き生きしている。もう俺は、彼を縛り付けてはいないのだ。
 けれど、やはり、遠くなると寂しいものである。

「京介」
「ん、なに」
「面会時間が終わる」
「もう、そんな時間か」

 京介は慌てて立ち上がると、椅子を直して俺を見た。じゃーな、兄さん、と三日前にも聞いた言葉を言い、赤の花瓶と帰っていく。俺は京介がドアを閉められそうになるのをみて、笑って口を開く。

「お花、ありがとう」

 聞こえたのか、京介は閉めようとしていたドアを開き顔を覗かせると、返事をするように少しだけ微笑んだ。本心でもない言葉を言ったのは、彼はそれを言えば喜ぶのはわかっていたからである。俺は満足したように手を振れば、京介は静かにドアを閉めた。それと、同時にまた、窓側で揺れる花を見る。
 京介はきっとこれからも、毎日来れないことを分かって、申し訳なさに俺に花を贈ったのだろう。同情は無駄なだけだった、自分が虚しくなるだけである。だからこそ、この花を見たくなかった。青の花瓶が俺を嘲笑っているようにも見える。

 彼を縛りたくないと思った、自由にサッカーをしてほしいと思った、けれどどうだろう、京介が離れていけば心が寂しくて死んでしまいそうだ。こんなに自分が弱いなど、誰も教えてくれなかったではないか。
 ごめんな、京介、良いお兄ちゃんになれそうにない。俺は布団を握りしめると、音もたてず静かに泣いた。


110921



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