松風は俺にいつもなにかをくれる。だが、松風は自分が人に与えていることを気づいていなかった。だからこそ、皆に、俺に見返りを求めることはない。松風から与えられるものは心地よいもので、与えられているばかりでは申し訳なく思った。
「剣城」
「…ん」
「せっかくのお泊まりなのに、もう寝ちゃうの?」
つまんないな、と拗ねたようにいう姿は、とても愛らしい。そんな姿で言われ寝れるはずもないと、俺は潜り込んでいたベッドのなか、腕をたてると耳元に当て自分の顔を上げた。その様子で俺が寝ないとわかったのだろう、松風は安堵しながら、俺の胸に頬をよせる。
「こら、くすぐったいだろ」
「だってこのくらい近くにいないと、安心できないんだもん」
松風は微笑みながら言うと、また俺の胸元にぐりぐりと顔を押し付けた。昔近所にいた犬のように見えて、引き離せなくなる。案外おれも満更でもないらしい。
だがこんな幸せな中、幸せだからこそ思った。こんなに与えられていいのかと。苦しくなった。なにか恩返しがしたいと、松風の小さな頭を抱き締める。松風は変な俺に気づいたのか、埋めていた顔を俺に向けた。
「どうしたの?」
「今幸せだ」
「ふふ、そう、嬉しいな」
松風は分かっていない、俺が今、どれくらい幸せか。松風のおかけで、どれくらい感情が踊っているか。
だが、そんなもの口なんかでは表せない。いつもここで終わってしまう。俺は弱虫なんだ。松風に、感謝したいのに。俺は泣きたくなった。
「松風」
「なーに?」
「どうすれば、お前に感謝できるんだ?」
松風はやはり驚いた顔しか見せないが、最早俺はそんな顔は関係ない。ただ答えを知りたかった。松風も俺が切羽詰まった表情で問い詰めるので、考えたそぶりを見せて直ぐに言った。
「ぎゅーっていいながら抱き締められればいいかな。あはは、なんてね…」
ふざけたように笑う松風。なんだ、そんなことで本当に感謝が出来るというのか。否、嘘だ。きっと、俺が出来ないことを言って恩返しさせないようにしているのである。
こういうところも好きで、だからやっぱり恩返ししたくて、俺は意を消して抱きついた。
「つ、つるぎ!?」
「ぎ」
「え、あの冗談…」
「ぎゅー!」
精一杯抱き締めて、大きな声で松風に抱きつく。恥ずかしくて反応なんて見たくないが、見るしかない。俺はこっそり目だけ開けてみると、松風は苦しそうな顔をしていた。
しまった絞めすぎた! と松風を解放すると、松風は咳き込みながらベッドに倒れる。俺の力は普段ならばそこまでないはずなのに思わず力み過ぎた。松風の背中を擦るが、松風は涙目のままだ。
「ご、ごめん!」
「だいじょうぶ…かわいかったから! けど、ちょっと力強いかな、みたいな」
ああ、また気を使わせてしまった。俺の目からはついに、涙が出てきてしまう。松風は自分の苦しみなど放っておいて、俺にかけより、どうしたの、など聞く始末。恩返しするつもりが、また迷惑をかけて、もう自分がいやになる。
「ごめ、ん。」
「なに謝ってんの」
「…」
「…もう」
謝るとしばらく黙り、松風は呆れたように言うと、布団ごと俺を巻き込んだ。大きな音を立てて、俺の上に乗っかったかと思うとこれでもかというほど抱き締めてくる。
暑いし苦しいし重いし、なにも出来ないが、なんだか嬉しくて。動かない両手をそのままにして、松風の頭を見ていた。松風は少したつと気がすんだのか、俺を離す。そして俺を睨み付けてくるので、押し黙ると松風が笑う。
「今の、幸せだったでしょ?」
歯を見せて笑う松風は、俺がいつも見る松風とは少し違って大人びていた。余裕のある表情に胸を高鳴らせながら頷くと、ゆっくりと手を伸ばし、松風より少しだけ高い俺の頭を撫でる。目を見開けば、松風はまた俺の胸に顔を埋めた。
「おれも一緒だよ。苦しくても、痛くても、剣城とならこんなこと以外も、全て乗り越えられる。だから剣城といれるだけで俺は幸せなの。だから恩返しなんて考えないでよ、ね?」
目の奥が熱くなるとは、このことだろう。止まった涙がまた溢れ出す。松風が流させた涙なのに、焦りながら泣き止んでなんていうから、俺は笑いそうになった。そして、やはり君は俺になにかを与えてくれる。愛なんていう、縁のなかった、夢の国の感情まで。
110920/バカップル