今日は練習が昼に終わる。だから午後からは円堂さんと、日本エリア以外にも出掛けてみようという話になった。俺的には、デート、っていう感じで。
 だけど今、今日の午後、俺はベッドの上に居る。午前もベッドの中にいた。窓からみんなの練習をみて、綱海さんの笑い声を聞いたりとか円堂さんのイジゲン・ザ・ハンドをまじまじとみたりとか。ぼやーとしながら過ごした。何故かと言えば、俺が風邪を引いてしまったせい。
 昨日、雨が降った。いきなりの雨でびっくりしたけど、綱海さんがこんなの海のでかさに比べたら! と言い出したので、俺はその男気に憧れて二人で雨の中、駆け出した。ら、この様だ。

「おれってなんなんだろう…」

 げほげほ、何回目の咳か、喉が痛くて顔が歪む。何度あるのだろう、目の前がぐらぐらした。外からのみんなの声が聞こえない。もう5時だしみんな部屋に帰ったのかな。
 ぐらぐらぐらぐら、変だな、ノックする音が聞こえた気がした。あれ、俺、おかしくなったかな。円堂さんの幻覚を見てる。

「立向居? 大丈夫か?」
「ふへぇ? え、んどーさん?」

 幻覚じゃないのか?
 俺が名前を呼べば、心配そうにしていた顔が、にか、と大きく笑ってくれた。俺はかなり幸福者だと思う。さきほどまで、外に居た憧れの人がいま、俺をみて笑ってくれている。しかも、これ。円堂さんが持っているのって、もしかして、お粥じゃないか。

「そ、それ」
「ああ、春奈が作ってくれたんだ。」

 ベッドの端の机にトレーごと置いて、椅子に座り俺を見た。じっと見られて、汗をかいている自分にすこし恥ずかしく思っていると、円堂さんはそろり、と俺に手を伸ばした。
 冬に外で練習していたのだ、熱くなっても指先は寒いだろう。暖房がついたこの部屋に入ってきたばかりの円堂さんの手は、冷たくて気持ちがよかった。おでこからほおに、移動する。ふにふに、と俺のほっぺたを触るから、なんだか目を見れなくなった。

「熱いなぁ。」
「は、はい。」
「つらい?」
「いえ」
「嘘だ」
「へ、嘘です」
「だよなー」

 おかしそうに笑う円堂さんは、ぼやけている視界でも、歪まないほど光っている。円堂さんはすごい、やっぱりすごい、なにがって聞かれても全部は言えないけどすごい。
 考えていたら、円堂さんはいすに座ったまま、黙り始めた。いつもは喋りが止まらないのに、何故か止まってしまったようで。焦ってなにか話題を振ろうとしたら、さっきのことを思い出した。

「あの、今日、ずび、行けなくてすみません。えんどーさ、ふぇっ…、くしゅ!」
「わ、大丈夫か! ほら、ティッシュ」
「…すみません」

 迷惑掛けてばかりだな。思いながら鼻をかんでいると、円堂さんはお粥を取る。スプーンで適量取ると、息を吹き掛けると俺にお粥を向けてきた。あーん、である。

「円堂さん、大丈夫です、じぶんで食べれますよ!」
「いーから! 病人なんだから大人しくしとけって」
 俺は円堂さんを見ると、覗くようにおれを見ていた。待つ円堂さん、かわいいです。でも男らしい手にまたドキドキ。円堂さんといると鼓動はとどまることをしらない。
 俺は緊張しながらいただくと、円堂さんは嬉しそうに笑った。その笑顔で風邪すぐ治る気がする。お粥をつくって円堂さんに渡してくれた音無にありがとう、心のなかでこっそりお礼した。だが本当に申し訳なかったが、途中から喉に通らなくなってしまったので、残すことにする。円堂さんはまた、心配そうに顔を歪めた。
 さっきの間は、なんだったんだろうと思う。結局、くしゃみのせいで話は何処かにいってしまったし。しつこく謝ってもいけないと思うので掘り出さないことにした。でもそのかわり、今日のことを円堂さんが気にしていないと言えば、それはそれで嫌だった。俺だけが楽しみにしていたかのようで、凄く嫌だ。
 おれってわがままだったんだ、円堂さんごめんなさい。心の中だけだけど、思ってしまった自分が嫌で布団を握りしめながら、円堂さんに謝った。
 再び訪れた沈黙を、やぶったのは円堂さんだった。あのさ、といつものハスキー声が低く出た。

「はい」
「今日、本当は凄く楽しみだったんだ」

 え、思わず声に出して聞き返してしまった。円堂さんは、自分の手を見ながら、言葉を紡いだ。

「…ごめん、こんな病人を責めるようなこと、言うつもりなかったんだぜ。立向居だって楽しみにしてくれてたみたいだし、風邪ひいたのだってなりたくてなったわけじゃないことぐらいわかるよ。けど、いつも綱海と居るし今日くらいは、って思ったんだ。なのに、昨日綱海と居て風邪ひいて…あー! もう俺なに言ってんだろ!」

 がしゃがしゃと頭をくずす円堂さんは、どうやらいっぱいいっぱいのようだ。いいや、円堂さんだけじゃない。俺も思っていたものが溢れそうで、目に熱くなるものを感じた。
 楽しみにしていたの俺だけじゃなかったんだとか、円堂さんがちょっぴり嫉妬してくれただとか、円堂さんの言葉で発覚した事実があまりにも嬉しすぎて、涙が溢れそうになる。円堂さんは、謝るけど、こんなに嬉しいものはなかった。

「あやまらないで、えんどうさん。おれ、嬉しいですよ」
「なに言ってんだよ、風邪引いてるひとにいう言葉じゃないだろ」
「でも俺が嬉しかったからいいんです、うえ」
「え、なんで泣いてるんだ? うわうわわ、ほら、ティッシュ!」

 本日二回目のティッシュ、いつの間にか出ていた涙を拭いていると鼻水も出ていたようで、円堂さんはベッドのふちに座るとちーん、ってしてくれた。やっぱ年下だな、って笑う。その笑顔にまたうれしくなる。
 見つめあったら、円堂さんは俺の手を握る。さっきまで冷たかった指先は暖房で先程よりは暖まっていた。けれど、まだ俺よりは冷たい。俺は風邪引いているんだ。再確認した。
 円堂さんは、ゆっくり目を合わせて、照れたようにそらして近づいてきた。きす、だ。気付いて嬉しくなった。だけど、俺はカゼだ。

「だめです、円堂さん!」
「え、えぇえ? なんでだよー!」
「風邪がうつっちゃいますよ」

 口の前にばってんを作ると、円堂さんは残念な顔をした。その顔に流されそうになるが、ダメダメ、円堂さんの為。俺はまだ頬につたう涙を拭こうとティッシュに手を伸ばすと、円堂さんが目の前にくる。気づいたときには、唇に、されていた。円堂さんをみるとニカッ、と元気よく笑う。

「すきあり!」

 笑う円堂さんがかっこよすぎて、唇や頭にどんどん上がる熱に倒れそうになった。
 円堂さんは、風邪より怖いウィルスだ。




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