急いでバトルシップに戻ってきた一行。
今まで決闘をしていた塔を、それも時間をギリギリに設定して爆破するなどやはり海馬は正気の沙汰ではなかった。
まあそれが海馬らしいと言われればそれまでなのだが――
遊戯たち一行はすっかり安心モードでくつろいでいた。
「そういえばあのゆめって子、見かけないわね……
あの子がマリクの罰ゲームからあたしを守ってくれたから、ちゃんとお礼が言いたかったのよね」
「そういえば……
まさか塔にいるってことはないだろうし……どこかにいるんじゃないかな?」
舞が問い、遊戯が訝しげに答える。
「…………」
バクラは宿主の心に潜みながらその会話を静かに聞いていた。
「おい! いたか?」
「いや、船内のどこにもいない!!」
KC社員がバタバタと廊下を走り回る。
「海馬様とモクバ様と……あと一人、ゆめとかいう元バイトはどこへ行ったんだ!!
もう時間がないぞ!!」
「……」
KC社員のやりとりを聞いていた獏良の目つきが秘やかに、険のあるそれへと変わっていく。
「僕、ちょっとトイレに行ってくるね……
なんかお腹壊しちゃったみたい……」
「大丈夫か獏良?
お前食いすぎなんだよ〜! だから腹壊すんだっての!」
「ははっ、城之内は腐ったもん食っても平気な腹してるもんな!!」
「なんだと本田テメ〜っ、コノヤロ〜!!」
「ちょっとあんたたちこんなとこで暴れないでよ!! もう!!」
騒ぐ一行を尻目に、獏良――もとい、バクラは部屋をあとにする。
「チッ……あいつ……!
手間かけさせやがって!! ブッ殺す……!」
口の端から不吉な言葉を漏らしながら、バクラは不機嫌そうな表情で歩き出した。
――身体が重い。
節々が痛んで、まともに動けない。
意識が……朦朧と……
彼女には原因はわかっていた。
火事場の馬鹿力――つまり、普段、不用意な力を出して肉体が傷つかないように備わっているリミッターを外し、肉体を酷使したためだ。
だが、原因はそれだけではなかった。
生身の人間でありながら、精神力だけで闇の罰ゲームを生き延びた事。
本人は気付いていないが、無理矢理補った精神力が肉体疲労となってゆめにのしかかっていたのだった。
また、度重なるストーカー行為で夜ほとんど寝ていない上、幾度となく噴出した鼻血もまた、その身の体力を削り貧血に陥らせていたのだった。
そして、今までは緊張やら何やらの精神力でここまで倒れずにやってきたが――
全ての決闘が終わり、ひとつの結末を迎えた事で、安堵したゆめの肉体は限界をようやく訴え、ここで力尽きるという最悪の事態を迎えていたのであった。
あぅあ〜〜〜
もう限界みたいです〜……
爆破するから逃げて下さいというアナウンスがさっきから聞こえるけど……
もう無理です……
今まで付き纏ってごめんなさい……
バクラさまマリクさま……
バクラさま…………
バクラさま……
バクラさまが目的を果たす姿……
見たかったな……
あの……野望を秘めたぎらぎらした眼差しが……
好きでした……
バクラさま…………
さようなら……
さようなら……
ゆめは冥界に逝き……ま……す……
もはや現実か夢かわからない朦朧とした意識の中でゆめは確かに声を聞いた。
一番逢いたかった人の声を――
「おい」
「ば……くら……さ……ま」
やっとの思いで名前を紡いだと思ったら、身体がふわりと軽くなり――かわりに首がぎゅうと絞まるのをゆめは感じた。
それが、首根っこを掴んで引っ張り上げられたからだと気付くのにかなり時間がかかった――それほど、ゆめの意識は朦朧としていたのだった。
「てめえ!! 何寝てやがんだ!!!
とっとと起きやがれ!!!」
バクラのギラついた瞳が、生気を失い今にも瞼を閉じようとしているゆめの瞳を捉える。
ゆめはどうやら、バトルシップと塔の間の通り道からは死角になっていた場所に倒れていたため、誰からも発見されずにいたらしかった。
「からだが……動かない……、んです……
体力……使いすぎちゃっ……た……みたい……
意識も飛びそうで……もう……、動けな……
死にたくない、けど…………
ごめんなさい……
バクラ……さま……
でも…………
最期、に……
バクラさまに……逢えて……
よか、った……――」
力を振り絞って吐き出した声は、そのまま続きを紡ぐ事なく――ゆめの意識は完全に闇に落ちたのだった。
「クソが……、何寝言ほざいてやがんだ……!
体力と精神力を一気に消耗しすぎなんだよ……!!
だいたいなぁ、貴様にはまだ死なれちゃ困るんだよ……!!
その精神力と観察力……そしてどういうわけか備わった力――
オレ様のコマとして使ってやる……!!
光栄に思いな!!!
ヒャハハハハハ!!!」
意識を失ったゆめの首根っこを掴んだまま、バクラは天を見上げて邪悪に高笑うのであった――
ずりずりずり……
爆破が迫った瓦礫だらけの島を、バトルシップに向かう人影――
その手は何かを掴んで引っ張りながら歩き――
一見、人形と見紛うほど無造作に服を引っ張られ、ずるずると足が地面に付いたまま引きずられているそれは、気を失ったゆめなのであった。
「なっ……君は」
「あぁ?
――おらよ、こいつで人数は揃ったろ!!
とっとと船を発進させるんだな」
「な――ちょ、ちょっと君!!」
「フン――」
すんでのところでバトルシップに戻ったバクラは、引きずって来たゆめをKC社員に託し――
不機嫌そうな顔で部屋に戻って行ったのであった。
「爆破まであと3分しかない!!!」
艦内では皆が海馬たちを捜し回っていた。
そして、爆発の瞬間、ようやくバトルシップは離陸を行う――
派手に爆発する塔、そして消え行くアルカトラズ――
「あれを見ろ!!!!」
「わはははははは!!!!!」
空の蒼を切り裂く戦闘機――――
海馬とモクバはそれに乗って塔を脱出し、そして悠然と去っていくのであった―――
あらかじめ言っておけよ!!!!と、皆思わずにはいられなかった。
そしてまたKC社員は、「あーー転職してぇ〜〜」とこぼすのであった……――
「……う」
「気が付いた?」
「……う……
舞……さん……?」
「大丈夫? あんた、外でぶっ倒れてたんだよ……?」
ゆめの顔を覗きこんだ舞は呆れたように肩を竦めた。
「うぅ……
か、からだじゅうが………いたい……です……」
「……イシズさんが言ってたわ……
貴女があのリシドという男の人を背負って塔まで連れて行ったって……
すごい力ね!!
身体の痛みは多分、筋肉を酷使すぎたからだってお医者さんが言ってたわ。
あ、ここはバトルシップの中よ。安心して!」
側にいた杏子がすらすらと状況を説明する。
「ゆめ……
あたしをマリクの罰ゲームから守ってくれてありがとね!
はじめは変な子だと思ったけど――城之内やマリクを助けるために、決闘者でもないのに頑張ったって聞いて見直したよ……」
舞は妖艶な瞳をウインクさせ、ゆめに微笑みかける。
その整った顔立ちに、ゆめは思わず恥ずかしくなって下を向いた。
「あ、いえ……私はそんな……
あっ、そういえば私、何で――
っぎゃあああっ!!!」
急いで身体を起こそうとしたゆめの身体を、激しい筋肉痛が貫いた。
「あっ、まだ起きない方が良いわよ!
バトルシップが着陸するまで時間はあるし、ゆっくり休んでな!」
「は、はい……」
ゆめがしおらしく答えると、舞と杏子は
「じゃあ、あたし達は行くわね!
何かあったら遠慮なく声をかけて!」
と明るい声をゆめにかけ、部屋を出て行ったのであった――
「起きろゆめ……時間がねえ」
「!!!!!!!」
ベッドで身体を休めながらまどろんだ意識の中を遊泳していたゆめは、不意に鼓膜を震わせた邪悪な声に眼を見開いた。
瞬時に、身体の現状も忘れ飛び起きる――
「ぎゃあああああっ!!」
案の定全身を筋肉痛に貫かれ、ゆめは激しく悶絶する羽目になったのであった。
「ば、ば、バクラさまぁ……!」
ゆめの潤んだ瞳が部屋に入ってきたバクラを捉えると、その顔は瞬時に弛緩し、バクラの姿をただ凝視するのであった。
「チッ……またその眼か……!!
オマエは本当懲りねえのな」
バクラが額に汗を滲ませながら吐き捨て、おもむろにゆめのベッドにドカッと腰を下ろす。
「ッッ!!!
な……な! あ、う!!!」
自分が寝ているベッドに腰かけるというバクラの行動と、そのあまりの距離的な近さに、ゆめの顔は瞬時に紅潮して熱を帯びた。
「とりあえず――ケータイを出しな。
連絡先を教えろ」
「な!!!!!」
耳を疑うようなバクラの発言に、ゆめの頭は完全に沸騰し、思考は停止しつつ瞬時に膨大な妄想が勝手に脳裏に流れこんできて、もはや言葉など紡げる状態ではなくなっていたのだった。
「っ……!
何考えてやがんだ!! そういう意味じゃねえよ!!
あのなぁ――
わかんねーか?
オマエの力――
その、強靭な精神力で無理を押し通しちまう力は特異なんだよ……!!
誰にもできるってもんじゃねえ……
それをこのオレ様が使ってやろうってんだ――
悪くねえ話だろうが」
「あ……う……」
「それにな……
気付いちまったんだよ……
オマエのそのギラギラした眼な……
種類は違うがオレ様と似てやがるってことに……
目的を遂行するために手段を選ばねェ狂気じみた眼――
そういう眼で見つめられるのも悪くねェってことにな――
……って、んなことはどうだっていい!!!
ゆめ、オレ様に協力しな……!!」
真顔で言葉を吐き出したバクラの顔は見れば見るほど整っていて、その顔立ちと邪悪な双眸のギャップがゆめの心臓をぎゅむうぅぅと締め付け、呼吸困難を起こさせるのであった。
「あ……あ……、あ……」
声にならない声を上げながらゆめはただ、真っ赤な顔で口を金魚のようにパクパクさせるだけで。
「あとな――
マリクのことは忘れろ。それが条件だ。
オレ様の言うことを聞くなら、まぁ……悪いようにはしねえから安心しな」
「ぅ…………
はい……」
柄にもなく優しげな声で吐き出されたバクラの声は、麻薬のようにゆめの鼓膜から全身に広がって、その身を痺れさせた。
ゆめは知っていた――――
バクラの瞳の中に、とてつもない邪悪が潜んでいることを――
しかし、灼熱の慕情はまるで不死鳥が纏う炎のように燃えあがり―――
ゆめの胸を焦がしていくのであった。
(ククッ……
このオレ様を――決闘するわけでもなく、生身で怯ませたゆめ――
その力、オレ様が暴いてやるよ……!
面白くなってきやがったぜ……!!)
そうして、バクラの双眸とゆめの双眼が互いを見つめ――
互いの思惑を乗せたバトルシップは、ゆっくりと大地へ向かって飛行を続けるのであった――
バクラルートEND
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