愛の決闘の門を越えて7 マリク編



急いでバトルシップに戻ってきた一行。


今まで決闘をしていた塔を、それも時間をギリギリに設定して爆破するなどやはり海馬は正気の沙汰ではなかった。

まあそれが海馬らしいと言われればそれまでなのだが――






遊戯たち一行はすっかり安心モードでくつろいでいた。

もちろんマリクやイシズ達もバトルシップに戻り、ゆっくりと離陸を待っていたのだった。






「そういえばあのゆめさんは――
姿をお見かけしませんでしたがどちらにいるのでしょう……

もう一度お話がしたかったのですが……」

「そういえば……
まさか塔にいるってことはないだろうし……遊戯たちと一緒にいるんじゃないかな?」

イシズが問い、マリクが訝しげに答える。

闇人格のマリクは、今は表に出てくるつもりはないようで、塔の屋上で入れ替わって以来ずっと主人格のマリクが表に出ているのであった。



「おい! いたか?」

「――いや、船内のどこにもいない!!」

KC社員がバタバタと廊下を走り回る。


「海馬様とモクバ様と……あと一人、ゆめとかいう元バイトはどこへ行ったんだ!!
もう時間がないぞ!!」


「!!!!!!」

騒がしい艦内に、様子を見ようと廊下に身を乗り出したリシドは驚愕の事実を知るのであった。


「な、なんだって!?
ゆめがいないだって――!?」

「どうやらそのようです……」

「あの子……!! どこへ行ったんだ……!」

「そんな……! もう爆破まで時間がないというのに……!」

「海馬たちもいないらしいがそっちと一緒にいるとは思えないし……」

あれだけマリクやバクラに執着していた女が、この大事な時に海馬と一緒にいるとは考えられなかった。


「あの方は……男の私をタワーまで背負って走って下さいました……
どこにあんな体力があるのかと不思議でしたが――」

「おい!!!!
それは本当か!!!!」

「マリクッ!」

瞬時にマリクの闇人格が姿を表し、鋭い視線でリシドを睨む。


「は、はい……
火事場の馬鹿力とか言っていましたが……
人間本気を出すと、女性でもあのような力が出せるものなのですね……」

「それが本当ならあいつは今頃――
全てが終わって安心しきって、船に帰り着く前に体力を失ってどこかでブッ倒れてるんじゃねえかぁ……?」

「!!!!!!」
「な……!!!!」

浮上した可能性に、リシドもイシズも言葉を失った。


「何やってんだかねぇ……
どうしようもねえ女だ……」

マリクはマントを羽織ると、のっそりとした足取りで部屋から出て行こうとする。


「マリク!!??
どこへ行くのですか!?」

「うるせえよ……
心配しなくても爆破までには帰って来てやるよ……!!」

「マリクっ!」

引き止めるイシズの声を無視し、闇人格のマリクは部屋を出ていくのであった――











――身体が重い。


節々が痛んで、まともに動けない。


意識が……朦朧と……



彼女には原因はわかっていた。

火事場の馬鹿力――つまり、普段、不用意な力を出して肉体が傷つかないように備わっているリミッターを外し、肉体を酷使したためだ。

だが、原因はそれだけではなかった。

生身の人間でありながら、精神力だけで闇の罰ゲームを生き延びた事。

本人は気付いていないが、無理矢理補った精神力が肉体疲労となってゆめにのしかかっていたのだった。

また、度重なるストーカー行為で夜ほとんど寝ていない上、幾度となく噴出した鼻血もまた、その身の体力を削り貧血に陥らせていたのである。


そして、今までは緊張やら何やらの精神力でここまで倒れずにやってきたが――

全ての決闘が終わり、ひとつの結末を迎えた事で、安堵したゆめの肉体は限界をようやく訴え、ここで力尽きるという最悪の事態を迎えていたのであった。






あぅあ〜〜〜

もう限界みたいです〜……


爆破するから逃げて下さいというアナウンスがさっきから聞こえるけど……

もう無理です……



今まで付き纏ってごめんなさい……

バクラさまマリクさま……







マリクさま……


マリクさま……


主人格と闇人格……どちらも消えなくて……


本当に……


良かった……



マリクさま……


好きでした……


さようなら……


さようなら……


ゆめは冥界に逝き……ま……す……




もはや現実か夢かわからない朦朧とした意識の中でゆめは確かに声を聞いた。


一番逢いたかった人の声を――



「こんなところでオネンネか……?

余程死にたいらしいな……」


「ま……りく……さ……ま」


「何死にそうな声出してんだぁ?
どのみちこのまま寝ていたら本当に死ぬがな……

ゆめよ……
オレには消えるなだの生きろだの散々言っておいて、自分だけは闇に還るつもりかよ……」

闇人格のマリクは塔の外、瓦礫に埋もれて倒れるゆめの前にしゃがみこみ、ほとんど閉じた瞼から覗くゆめの虚ろな眼を眺めながらぼやいていた。


どうやらバトルシップと塔の間の通り道からは死角になってしまったため、誰からも発見されなかったらしい。



「本……当は……

死にたくは……ないです……

だって……私……

まだ…………


でも……

身体が……

もう…………


最期……に……

マリクさまに……逢えて……

よか、った……――」


力を振り絞って吐き出した声は、そのまま続きを紡ぐ事なく、もうすぐ消えるアルカトラズの島の空に消えた――








「爆破まであと3分しかない!!!」


艦内では皆が海馬たちを捜し回っていた。


そして、爆発の瞬間、ようやくバトルシップは離陸を行う――

派手に爆発する塔、そして消え行くアルカトラズ――


「あれを見ろ!!!!」

「わはははははは!!!!!」


空の蒼を切り裂く戦闘機――――

海馬とモクバはそれに乗って塔を脱出し、そして去っていくのであった――

あらかじめ言っておけよ!!!!と、皆思わずにはいられなかった。


そしてまたKC社員は、「あーー転職してぇ〜〜」とこぼすのであった……――










あったかい……

誰かが手を握っていてくれている……

温かで……柔らかいこの手は…………



「……」


「気が付きました?」


「……う……
イシズ……さん……?」

「大丈夫ですか? どこか痛いところはありませんか……?」

ゆめの手を優しく握っていたイシズがそっと手を離す。


「うぅ……

か、からだじゅうが………いたい……です……」

「……そうでしょうね……
貴女がリシドを背負って塔まで連れてきてくれたと聞きました……
そして、いろんなところでマリクを励ましてくれたとも……

本当にありがとう……」

「あ、いえ……私はそんな……

あっ、そういえば私なんで――
ここはっ、マリクさまは――――

っぎゃあああっ!!!」

急いで身体を起こそうとしたゆめの身体を、激しい筋肉痛が貫いた。


「あっ、まだ起きない方が良いですよ……!
マリクなら船内のどこかにいるはずです……

驚きました……
爆破寸前になってマリクが貴女を抱えて帰ってきた時は……」

「えっ……」


ゆめは眼を丸くして硬直した。


「闇人格が残ったまま結末を迎えた時は……
正直どうなることかと思いました……

でも――
たとえいつか見た未来とは違った結末でも、マリクがこんな風に誰かを助けるなんて――

そんな風に、マリクが変わってくれたなら……
この未来を、今は信じたいと思います……

ゆめさん……
変わり始めたマリクをよろしくお願いします」

イシズは透き通った眼でゆめに微笑みかけ、ゆめもまたその優しい笑顔に微笑み返すのであった。


「こちらこそありがとうございます……
ずっと付いていてくれて……
手を握っていてくれて」

「ああ、いえ――
ずっとではありませんよ、私は今さっき来たばかりです」

「え……」

「……ゆめさん?」

ゆめの顔は瞬時にカアッと染まっていって、行き場のなくなった気持ちを持てあました彼女は、またぎゃひぃぃぃと奇声を上げながら無理矢理身体を起こし、イシズの制止も振り切って部屋を飛び出して行ったのであった――



「マリクさまぁ〜マリクさまぁ〜〜!!」

ゾンビのように足を引きずり、いつぞやのリシドのようにヨロヨロと迫ってくる気配を背後に感じながら、主人格のマリクはため息を一つつくと、

『なに拒否ってんだよ……!
お前が出ないでボクにどうしろってんだよ』

と内在する人格と会話を交わし――

直後に押し出されるように出てきた闇マリクは、甲板の上で頭を掻きながらすぐ後ろに迫って立ち止まったゆめの姿をちらりと振り返った。


案の定、そこには――

眼をキラキラと輝かせながらマリクを凝視しているゆめが居て――

額に汗を滲ませたマリクは、
「生きてやがったか……しぶとい奴だなぁ……」

と、どこかで聞いたセリフを吐いたのであった。


「マリクさま……!
マリクさまが私を助けてくれたんですよね!!!
っ本当にありがとうございました!!!!

そっ、それに――――
私が寝てるとき、手を――――」

「知らねぇなぁ……!!!
主人格サマの方じゃねーのか?」

『何を言ってるんだお前は!!
もうちょっと素直になってだなぁ……』

「うるせえ!!」

ハタから見ると非情に危ない人であるマリクは、主人格と闇人格を行ったり来たり忙しくしていた。


「あははは!!!

あの、私――
闇人格のマリクさまも好きですけど、主人格のマリクさまも好きですよ!!

あははん☆」

キラッ☆のポーズをとりながらさらっと告白するゆめに、闇マリクは頭痛を覚えるのであった。


「貴様は……
好みのヤツなら誰でもいいとかそういうアレだろぉ……
そういう女とは関わるなって姉上サマが言ってたぜぇ……」

「だ、誰でも良いわけないじゃないですかっ!!!
さすがに傷つきますっ!!! うう……」

「あぁん?
バクラもいいとか言ってたろ貴様……
忘れたとは言わせないぜぇ……」

「っ!! あれは――」

「あれは……?」

「あれは……その――――

ま、まあ何にせよ、マリクさまがどこにも行くなって言うなら私もう絶対、死んでも他の人のところには行きませんよっっ!!!!

わああああっ!!!!!」

ゆめは両腕をバタバタさせて派手に騒いだ――が、やっぱりぎゃあああぁぁっ!!!という呪いのような叫び声を上げて、筋肉痛に苦しむのであった。


「ッハハハハハッ!!!!」

闇マリクが邪悪に高笑い、ゆめはその横に並ぶと、少し頬を膨らませてふて腐れた。


「本当に、どこにも行かないって言ったら何があってもどこにも行きませんからね!!!

どこまでも付き纏ってやりますから!!!!」

ゆめは鼻息を荒くして、あさっての空を見据える。


「フッ……
やってみなぁ……」

同じく空を眺める闇マリクが吐き捨てる。


二人の間を心地良い風が流れて行き――


ゆめはまた、ちょっとだけマリクに近付くと――


風は、二人を取り巻くように周りを流れて行くのであった――――






マリクルートEND

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