愛の決闘の門を越えて6


決闘は進み、ついに終盤戦を迎えていた。


杏子の身体を借りたマリクは皆に、互いに生贄を立てた闇のゲームについて説明をする一方で――彼は戸惑っていた。


(遊戯はボクの命を奪うことをためらっている……
なぜ……なぜなんだ……
貴様や仲間達の命さえ奪おうとしたこのボクを……なぜ……!!)


「――それが遊戯を遊戯たらしめているものなのさ……マリク。
虫酸が走るがヤツはそういう奴なんだよ……!
主人格も闇人格も、やり方は違えど揃いも揃って、人質を取るなんつー卑怯なやり方をするマリク様には理解できねえかもしんねーけどなァ……」

『バクラ……』

辛うじて残った精神の中でマリクはバクラと言葉を交わしていた。


「同じなんだよ……!
貴様も闇人格の野郎もな……
元が同じ人間なだけあって、やり口が似てるのさ……

いくら貴様が負の部分を闇人格だけに押し付けようとしても――
結局それは自己嫌悪でしかねえんだよ」

『……』

「安心しなぁマリク……
貴様が消える時には、邪魔な闇人格も一緒に闇に送ってやるからよ……
あの世でもう一人の自分と仲良くやるんだな……!

もしくは――あのゆめが帰ってくる事を祈ってな!
ククッ、オレ様にはあいつがどこへ行ったか大体予想はつくが――」

『…………』

主人格のマリクは虚ろな瞳を虚空に彷徨わせ、そのまま決闘の成り行きを見つめるだけだった。








ラーを召喚したマリクがラーと融合し、遊戯に迫る――

応じた遊戯が、オベリスクの特殊能力を発動させ、ラーに挑んでいく。

しかし――――


「神にもランクがあるんだよ……
ラーは三神の中でも最上級の能力を秘めている――
オベリスクの特殊攻撃など受けつけはしない!!」

一瞬たじろいだように見えた遊戯だが、ラーの攻撃に対し不敵な笑みを浮かべると、魔法カードを発動させる!!

『オレには仲間がいる……
同様に――
オレのデッキにも、共に闘いぬいた信ずるしもべがいる!!

出でよ最上級魔術師とその弟子よ!!
このターン、連係攻撃によって――
マリク、貴様と神の融合モンスターを確実に破壊する!!』

「く……」

ラーと融合したままのマリクは、手を失って硬直する。

だが――――


「フ……だが遊戯……ラーを破壊すればオレのライフポイントはわずか1ポイントしか残らない……
そうなれば生贄であるオレの主人格サマも確実に死を迎えるだろうぜ!!」

『く……』

マリクを救うことが出来ないと悟り、遊戯の顔にあせりの色が浮かぶ。

(ハハッ! この人柱がある限り、オレに負けはねぇのさ――)


「マリクさま!!」

突如、ゆめの悲痛な叫びが屋上にこだまする。


「!! ゆめ……」

ゆめの声を捉えた闇人格のマリクがそちらへ注意を向けた。


「マ……リク様……」

そして、ゆめに支えられるようにして現れたのは――


「リシド!!」

イシズが悲痛な声をあげ、辛うじて残った生贄のマリクが眼を見開いて反応する。


――闇人格のマリクはゆめの姿を視界に捉え、やがて冷めた眼でリシドを見下ろした。

「ケッ――リシド……
やはり殺しておくんだったなぁ……
忌ま忌ましい刻印だぜ……

まあ主人格サマの精神力は風前の灯……
表に出てくる余力はおろか……生きる力もねぇってんだから同じことだがなぁ……!!」

「闇人格のマリクさま!!!
よく考えて下さい!!
闇人格の貴方が何故生まれたか――
もとは、主人格さまを守るためだったのでしょう!?

こんなやり方で主人格さまを滅ぼしたって――
闇人格の貴方は救われないですよ!!!」

「うるせえ! ゆめ!!!
いまさら遅ェんだよ……!!
こうなった以上、主人格サマを盾にするしかねェんだよ!!
貴様もあとで闇に葬ってやるからそこでおとなしく見てな!!!」

「卑怯ですよ!!!
マリクさまはこんな卑怯な手を使わないと遊戯さんに勝てないんですか!?

どうせ主人格のマリクさまが消えても闇人格であるマリクさまには影響は無いんですよね!?
一方の遊戯さんの方は、器の人格が闇に消えれば今出ているファラオ人格の遊戯さんも消えてしまうっていうのに……!!!

ぜんっぜんフェアじゃないですよっ!!!!」

「ッッ貴様――!!!!」

『な、なんだって〜!!!!』

闇人格のマリクがたじろぎ言葉を失っている横で、今はじめて事実を知った遊戯たちその他一行は派手に驚愕していたのであった。


「闇人格さまは闇のゲームの力に頼りすぎですっ!!
だから城之内さんにも追い詰められちゃうんですよ!! ていうか実質負けてましたよね!?

本当の闇人格さまはそんなちっぽけな力に頼らなくても強くてカッコイイはずですっ!!!
主人格さまの苦痛や憎しみを全部背負ってあげるだけの心の強さがあるんだからっっ!!!

お願いですから、自暴自棄にならないで下さい!!!!

私は清濁併せ呑むマリクさまが好きですぅぅっ!!!!」


全力で吐き出したゆめの声はまるで、破魔の力を秘めているように決闘場をとりまいている闇を貫いて闇マリクの鼓膜を震わせた。


「リシドさんっ!!
主人格さまへの激励はリシドさんにお任せしますっ!!!
いっちょ言ってやってくだしあ!!!」

うざいテンションのまま燃える瞳を滾らせ、ゆめはリシドの肩を優しく叩いた。

リシドは辛そうな身体で、今にも消えそうになっている主人格のマリクに目を向ける。


「マリク様……
今あなたは自ら絶望という深き闇に身を投じようとしている……

しかし――
たとえ闇をさ迷おうとも、人は生きていかなければならない……

それは墓守りの宿命ではない――
人の宿命なのです!!!!」

「!!!!!!!」



リシドの声もまた、主人格マリクに確かに届いたのであった。



「うおおおおっ……!!」

突如、闇人格のマリクが顔を押さえて苦しみ始める。


「マリク様……
人は死して光を目指すのではない……

生きてこそ光はあるのです!!」

「闇人格のマリクさま……!!
光を目指す主人格さまを……
あなたなら支えてあげられるはずです!!

光あるところに――どんな人間にも、闇はあるのだから!!!!」

「くっ……貴様!!!」


歪んで悶える闇人格のマリクの片目が、主人格のものとなって現れる。


『遊戯――ボクを攻撃しろ!!!』

「くっ……だまれ!!

オレを消させやしねェ……!!
オレはもともと……貴様を――!!」

『わかってるさ……
お前はボクの闇を背負って生まれた――だから!!』

「何を――」


『いくぜマリク!!!
ブラック・マジシャンの連係攻撃!!!

ブラックバーニングマジック!!!!』

「ぐあああああぁぁぁっ!!!!」



光が拡散し、ラーの姿を掻き消していく――


そして――――





「マリク……」

「マリク様……」


ラーの翼神竜が消え、あとに立っていた姿、それは――――



「えっ」

「なっ!」

「りっ!?」



マリク――ライフポイント「1」。


「マ、マリク……!」

「マ、マリクの表情に変化が……っ!?」

「闇の人格が消え……えっ!?」



しーん。


皆は一様に、一人立つマリクを見つめ硬直した。



「マ、マリク……」

イシズですら、そこに立つマリクに絶句していた。もちろん遊戯も。


そして、例のごとく空気を破ったのは――

ゆめが漏らした、

「なんかこういうモンスターいましたよね……」

という一言だった。



「おいぃ……これはどういうことだ……?」

『仕方なかった……こうするしかなかったんだ……』


一人の人間が同じ声、しかし別の声色で会話する姿など未だかつてここにいる誰もが目にしたことなどなかった――


まして、右と左の半身で、人格が違う人間などというものは――――


「ぎゃははははは!!!なんだよそれは!!!
マリクのヤロー、とうとうイカレちまったみたいだぜ!!」


「まあ、もともとイカレてる奴だったけどな……」

城之内と本田がぎゃははと笑い転げる横で、他の人間はまだ心の準備ができていなかった。


それもそのはず――

決闘場に立つマリクは、右半身が主人格のマリク、左半身が闇人格のマリクのまま、つまり、身体の真ん中から不自然に別れていて――

髪などは、真ん中から右半身はぺたんとしているのに左半身は逆立っているという有様で、目も右目は主人格の大きな眼だが、左半身は邪悪で眠そうな半眼を湛えていたのだった。

その異様な風貌に、姉のイシズですら、ずっとこのままではないですよね?ね?と、心の中で誰にともなく問い掛ける有様であった。


『遊戯……
ボクのライフはまだ1ポイント残されている……
まだ決闘は終わってはいない……』

右半身を司る主人格マリクが口を開いたが、見守る一行は
(いやいやそれどころじゃねーだろ! もはや!!)と心の中で突っ込んでいた。

ただ一人、海馬だけは1ポイントからどう戦えるかを考えていたが。


(もう一人のボク……あれを見て!!)

マリクの傍らには――生贄となった1ポイント分のマリクが漂っていた。

しかしそれは、褐色と金色にしか見えず――それはマリクの肌と髪なのであろうが、もはやものを言うことは出来ないようだった。


左半身の闇マリクが口を開く。

「………主人格さまよお、コレどうすんだ……?
というか何をしたんだよ……!?」

『説明はあとだ……
とりあえず、ボクらの完全なる敗北さ……
遊戯……いや、ファラオの魂よ……
この決闘……ボクを救い出してくれたことに礼を言う……

サレンダーだ』

「え、ちょっ」

左腕を司る闇マリクが反応するより早く、右半身のマリクが手でデッキに手を置いた。


マリク――ライフポイント「0」。


傍らにあった1ポイント分の生贄は消え――

遊戯の勝利が確定したのだった。


「おいおい主人格サマよぉ、どういうつもりだよ!!
1ポイントあればまだ――」

『まあ待て。どの道ボクらにはもう勝ち目はない』


「バトル・シティ決勝戦――

勝者、武藤遊戯!!!」


決闘場が下に下がり、勝利を喜ぶ仲間たちが遊戯を取り囲む。


「マ、マリク……」

様子を伺うようにイシズとリシド、そしてゆめがマリクのもとへ歩み寄ってくる。

主人格のマリクは一つため息をつくと、ゆっくり話し始めた。


『ボクは――はじめはお前を完全に消すつもりだった……
ボクの力では無理だとわかってからは、せめてお前を道連れに消えようと思った……

でも――
でも、リシドが生きる勇気をくれた……
たとえ闇をさ迷おうとも、人は生きていかなければならないと……

そしてゆめ、君が気付かせてくれたんだ……
闇人格は元々、ボクを守ろうとして生まれたボク自身だとね……
そして闇は、人間が生きる上で消すことは出来ないと――
その闇と共存していく生き方もあると……』

いつのまにか遊戯達もマリクの言葉に聞き入っていた。


『最後に――遊戯に攻撃を受けた瞬間、生きようとするボクの心が肉体の主導権を闇人格から奪ったんだと思う――
だがそこで、ボクと入れ違いで生贄になるはずの闇人格を引っ張り上げたんだ……夢中でね。

闇のお前も……ゆめに生きる希望をもらったんだろ?
だからあの時――ボクの手を取ったんだろ?』

「…………」

『だがこれは闇のゲーム……生贄となるもの、つまり失うものが必要だった……
だから――

うまく言葉では言えないけど……
多分ボクが持っていても仕方ない心を生贄に捧げてきた……

ボクが失ったもの、だってそれはお前が持っているものなんだからな……』

「……!!」

「マリク……」

『ボクにはわかるよ……お前も捨てて来たんだろ?
生贄に捧げる分の心を――
それは――』

「うるせえよ……
お喋りはそのへんにしておきなぁ……

この身体、一生こうかと思ったがそうでもないみたいだぜぇ……よかったな……」

左半身の闇マリクは右半身のマリクを遮って言葉を紡ぐ――

そして次の瞬間、左半身の逆立った髪がふわりと落ち、目つきが変わり――

全身主人格の姿になったマリクがそこにいたのだった。

「えっ!? えっ!?
や、闇人格のマリクさまはぁ……」

ゆめがとてつもなくうろたえ始め、マリクに問い掛ける。

『心配はいらない。
心の中に引っ込んだだけさ……
ボクも信じられないが……どうやら遊戯のように、自在に人格を入れ替えることができるようになったみたいだ……

もう闇人格を抑え込む必要はないが、あいつがボクを無理矢理心の中に幽閉することも出来ないだろう……
そしてリシド、闇人格はお前を見ても引っ込むことはない』

「そんな……! マリク……!!」

『心配いらないよ姉さん。
あいつはもう前みたく邪悪一辺倒じゃない――
さっき言ったように、心を生贄に捧げてきたんだ……だからあいつだけが表に出ていても、前のような危険はないと思う……

まあそれでも、闇人格なだけあってボクよりは遥かにアレだけどね』

マリクは言葉尻を濁して頭を掻いた。


「これが……
千年タウクが見た未来――

だとしたら――」

イシズは声を震わせ、遊戯とゆめを交互に見据えた。

「ファラオ……そしてゆめ……
貴方がたのおかげでマリクは救われました……
本当にありがとう……」

遊戯達、そしてゆめは微笑んでイシズたちを見つめ――

そして、マリクは最後の使命を果たすためにラーの翼神竜のカードを遊戯に譲り、服を脱いで背中の碑文を遊戯に見せたのだった。

例のごとくゆめはまた「あ、はなぢ…」と呟き、ふらふらとどこかへ行ってしまうのであった――



「バトル・シティ・トーナメントは終幕した!!

―――よって今から一時間後、この塔を爆破する!!!
すでに起爆装置は作動している!!
ここにいるすべての者はバトル・シップに乗り込み、このアルカトラズを脱出するがいい!!
以上!!!」


海馬の非情な宣告に皆苦笑し、慌てふためき――

一行はタワーをあとにするのであった――――

ただ一人、爆破の件を聞いていないゆめを除いて――――



<どちらのルートに行きますか?>

バクラ



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