満たされた世界6



緩くなった律動の中で、バクラの舌が咥内を荒々しく蹂躙していく。

耳を塞がれ、反響する淫靡な水音にただ心を掻き乱された。

こちらも負けじと、首筋に回した手でバクラの髪を掻き乱す。
髪の隙間から香ってくる僅かなシャンプーの香りは、私の心をさらに昂らせた。

「んっ……、ん、……っ」

バクラの腕の中で弄ばれて、身も心も支配されていく事が、ただ嬉しかった。

バクラが邪悪な存在だなんてことは……、今は魂だけの存在だなんてことは、とっくに知っている。

私とバクラに、明日がないってこと……、はじめからそんなのわかってる。

わかってるからこそ、今は、こうして――――


「桃香……っ、お前は、本当に……っ」

「っ、はぁっ、……バクラ……っ、あ……!」


バクラと、本当にひとつになれたら。

本当に、溶けあえたら――――


「バクラ、あっ……! す、き……、すき……!!
っ、あいしてる……、あっ、あいし、て……」

好きや、愛してると言う言葉では伝えきれない。

言葉にならない想いが膨れあがって呼吸を圧迫する。

どうしていいかわからなくなって、唇を震わせたところで。


「あぁ……、連れて行ってやるよ……っ
果てまで……っ、オレ様が往く、あらゆる果てまでな……っ!!!
桃香……っ!!」


息を切らせながら吐き出されたバクラのコエは――

火傷しそうな熱に浮かされた私の脳天に灼きついたまま、ついぞ離れることはなかったのだった――――















「ん……」

まどろみの中で、気怠い身体をゆっくりと起こす。

目をこすり、辺りを見渡してみれば。

――バクラはもう居なかった。


しかし。

どういうわけか、ベッドの足元には、バクラが着ていた服が固まって置かれていて――

というか、シャツだけではなく、ジーンズやら、何やら…………

「………………」

息を呑んで、その布のまとまりをじっと眺める。

バクラがここまで着てきた、ジュースがこぼれたのとは違う服。

……バクラは裸でどこに行ったのだろうか?

しかし、そんな疑問よりも、まずは目の前にあるものに私の思考はまた侵されていく。

……バクラの服…………

しかも、シャツだけではない…………

ハッと我に返り、ぶんぶんと頭を振る。

ダメだダメだ。
またこれを手に取ったら、自分が何をしでかすかわからない。
また、バクラに「変態」と罵られることだろう。

しかし、……


しかし――――


深呼吸をして、もう一度服の山を見つめる。

ああ何て、私の理性は脆いのだろう。

そして、ぎゅっと握りしめていた拳をほどくと、ゆっくりと……、服の山に、手を伸ばし――



「おい」

「ッッ!!!!!
あっ! ええっ!!??」

伸ばしかけた腕を思わず引っ込め、声のした方に視線を向ける。


部屋の入口に立っていたのは――バクラだった。

しかも――――

その上半身は裸で、千年リングだけを首から下げ、下半身にはバスタオルを巻いて、仁王立ちになっていて。

「えっ……あ!? バクラ!!??
もしかしてうちのシャワー使ってた!? あ――」

「……わかってんだよ、今オマエが何をしようとしたかなんて事はな……!!
ったく……、本当オマエはどうしようもねえな……!!」

「うっ、あ、こここれは……!!!
っていうかその格好……!! あぁ……っ!!」


何が何だかわからない。

上半身裸で現れたお風呂上がりのバクラ、そして、また服を手にいかがわしいことをしようとしてしまった自分、そして……、

それを言い当てられてしまったこととか――

あらゆる刺激が一気に襲いかかり、私の心臓は派手に飛び上がって胸を締め付けたのだった。

たちまち熱く火照っていく頬を慌てて手の平で押さえてみるが、邪悪なものを眼に宿したバクラは、上気した肌を晒したままこちらに近付いてきて、私は、あ――――


とてつもなく混乱した私がそこで発したのは。

「ふ、服を着てバクラ!!!
服よりバクラが欲しい!!!!」

などという、狂った言葉なのだった――――


そのあと私は、何度ごめんなさいを繰り返したかわからない。

でも、つき合ってられない、というふうに呆れたため息を漏らしたバクラの姿が、また愛おしくて――

私の胸はまた、暖かいもので満たされて、伸ばした腕はバクラを求めたのだった――――





(変態でごめんなさい、ごめんなさい……!!)

(そのイカレた執着を、オレ様以外に向けやがったら……ブチ殺してやる)




END

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