己が、一番主を欲している。


「いけるね、薬研」

『ああ、任せてくれ。』


主は、この離れにある自身の執務室にて、出陣部隊へと自ら指示を出し彼らを指揮している。主の力で、遠い時代へと送られた出陣部隊。この部屋では、まるで彼らと共にその場に居るかのような映像を見ることが出来、また支給される端末により会話をすることも可能である。彼らの様子如何によって、行軍、帰城を判断する主へ、その一意見を落とすことが私の役目だ。

主の力によって映像として映し出されている出陣部隊。今は極、主が手塩にかけて育て上げた刀剣男士達のみで構成されている。彼らは主によって常に最高の状態へと調整が施されており、主の采配も相俟ってのこと、甚大な被害を以て帰城となることは殆ど無い。彼らも、主に従うことを至高とする者ばかりなのだから、己の傷などには全く構わず───よもや己が力尽き敵に破壊される可能性などは微塵も考えてはいないだろう───嬉々とした表情で、今も敵を斬りつけている。

私は彼らのこの表情の根源が何たるかを、知っている。


「嗚呼、素晴らしいよ、私のお前達」





かつて、私は出陣部隊へと所属していた。まだ極の刀剣男士が開放される以前の話だ。

私がこの本丸へと顕現したとき、目の前には主、傍らには薬研がいた。眼前のその人物、その絢爛な立ち居姿に私はしばし目を奪われてしまった。主は私の姿を見て微笑むと、薬研に後を任せて去っていったのだった。…私には一言も掛けずに。
その後薬研に案内をされながら、主は刀集めに積極的でないと聞かされた。この本丸では私のように鍛刀によって顕現する刀はそうそういない、つまり私は“望まれて”顕現したのだと、僅かに優越感に浸ったのを覚えている。私はすぐに遠征部隊へと配属になり、繰り返し遠征へと向かうことになった。主と接する機会は一切与えられず、主に関しては見目麗しい女性という印象のみが胸に残っていた。
ある日遠征から戻ると、大手門には主の代弁者、燭台切光忠が背を預け立っていた。私を待っていたという。彼の発した言葉で、私は遂に足を踏み入れることになったのだ。

この、真朱の城に。


「一期一振、主の命により、君は本日付で出陣部隊へ異動してもらうよ。」





「いち兄、宜しく頼む」


私は、初めて出陣した日を、未だに忘れることが出来ない。

当時最難関と謳われた室町、鎌倉の時代、厚樫山。当本丸においてはとうに時間遡行軍の制圧を完了したその場所であったが、出陣部隊は残党狩りに勤しんでいた様だ。大方の主戦力が削がれたであろう戦場。…不甲斐ない事ではあるが、だからこそ私の初陣に相応しかったのだろう。
話しかけてきたのは骨喰藤四郎、兄弟である彼だった。隊長には三日月宗近。小狐丸、山姥切国広、蛍丸。皆錬度が高く、この本丸の手練ばかりが揃っていた。戦場にいる私達の様子、見聞きしたその全ては常に同時刻、主に届いているという。出陣中、私達は直接主に指示を受ける為、この場にはいない主と会話が出来る端末を渡されることになっているようだ。支給された小さなからくりを、不慣れながらも耳に装着する。


『一期一振、聞こえるかい』


その時、私は初めて己に投げかけられた主の声を聞いたのだ。心の臓が飛び跳ねたようだった。他の者にも聞こえていた主の問いに、何も答えなかった私を不審に思ったのか再度骨喰が私を呼んだ。惚けている場合じゃない、と。弾かれるように返事をすると、耳の奥で主が薄く笑った気配がした。


『君には期待しているんだ。存分に励んでくれ』





「一期、あまり無理をするんじゃないぞ」

「…いえ。多少は無理をさせて頂きたい。」


そう言えば、負けず嫌いだなぁと、三日月殿は笑っていた。
私はこの身体を与えられてからの戦闘経験は無く、他の刀剣についていくだけで精一杯だった。道中、私の耳に届くのは次々と敵を薙ぎ倒す大太刀・蛍丸への讃美だとか。私に言葉が掛けられたのは最初くらいのものだった。仕方ないといえばそうだが、弟もいる手前、悔しさばかりが先走る。そして、この一挙一動を主が見ていると思えば余計に腕の重さを感じた。さして敵に届かない刀が掌に貼り付いているような錯覚を覚える。


「主よ、一期一振が疲弊しているように見えるのだが」


気付くと三日月殿が、主へとそう話し掛けていた。私は他の刀剣の活躍で全く負傷していない。何故そんな事を、と彼への言葉が飛び出る寸前、私は何者かに強く背を押された。刹那、背後に響く鈍い刃の音。


「ぬしさま、検非違使がまいりました。」


振り返ると、私の背後には小狐丸殿が、検非違使と呼ばれる敵と交戦している。小狐丸殿はちらりと私に目配せすれば、周りが見えておらぬようです、そう、零した。次の瞬間には隣の骨喰が大きく飛び退き、別の検非違使と戦闘に入った。囲まれたか。山姥切殿が小さく漏らし、新たに現れた敵へ斬りかかっていく。私が刀を構えると、前には三日月殿が立ち塞がる。視線が交差する…私は何もするなと言いたいようだった、月の浮かぶ瞳に憤りを感じていた。


『一期一振。』


その時、沈黙を貫いていた主が私を呼んだのだ。返事をした己の声が、やけに低かったように思う。


『今、君の心を占めているのはどんな思いなんだい』

『私はその思いを育てる為に、君を此処に呼んだ』

『教えてくれ、君の心の内を』


どうしてだろう、その瞬間、私は主によって心を鷲掴みされてしまった。視界の中で、三日月殿が微笑んでいる。若しかして、今此処にいる彼らは同じ思いを持っているのだろうか。…成る程これは譲ることは出来ないと、理解した。





「お疲れ様で御座いました。」


攻略は最深部まで到達し、主は出陣部隊へ帰城命令を出した。執務室を後にし、休み処へと戻った主に茶を用意する。ああ、と短く返事をした主は深く溜め息をつき、私を見やるのだった。もの言いたげな視線が向くので、何かと問うと、しなやかな指先が私へと伸びる。早速傍らに跪き、その指先が己の頬へ当たるところまで主に寄った。


「随分と上の空だったろう?」


訝しげな爪が頬を滑る。主の不機嫌そうに細まった瞳に、何故か高揚した。気持ちの無い謝罪が己の唇から零れ落ちた。


「貴女様の事を。」


それだけ言えば、主はすぐに満足そうな笑みを見せた。



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