昔はちらほら見かけていた大将の姿。最近はあんまり籠りきりなんで、顔も忘れかけていた。

俺は割りと最初の頃からこの本丸に世話になっている。大将とは、それなりに長く一緒にやってきたと思っている。そうして錬度も頭打ち本丸に待機していたら、突然修行の命を出されたんで、喜んで向かったわけだ。大将が、俺がまだ強くなることを望んでいるならば、俺はそれに応える以外の選択肢は無いだろう。帰ってくると同時に、俺は精鋭部隊から出陣部隊へと異動になった。
俺が修行を終えた頃、出陣部隊は極となった刀剣男士が中心となって編成されることになった。といっても、当時は俺と厚、平野…と、そんなに数は居なかったが。その中でも俺は出陣部隊の隊長、つまり近侍となり、久々に大将と顔を合わせることが許可された。そうそう、その頃には、大将はもう一切俺達の目の前に姿を現さなくなっていたんだったな。久しぶりに会うことになって、少し緊張しちまったんだ。

大将の普段生活している離れの建物には、新たに門番が付くようになっていた。その日、そこに居たのは膝丸、それから一期一振、…俺達の兄貴。大将に会えるってんで、意気揚々と離れに向かっていた俺は二振に出くわすことになった。当時の二振はまだ守護隊に選ばれていなかったから、大将に会うことは叶わなかったらしい。軽く挨拶をすると、膝丸なんかは物凄い形相で睨んできたもんだ。


「薬研、お前が近侍に?」


…それ以上に、いち兄の、あの声の低さには一等たまげたな。大将のこととなると、俺達兄弟にすら敵意を剥き出すんだから全く大人気ないだろう。そこがうちの長兄の可愛いところでもあるんだが。そんなこんなで門番の二振に盛大な歓迎をされながらも、俺は無事大将に会うことが出来た。
広間には大将と、それに寄り添う大倶利伽羅が居た。久々に会った大将は、世辞では無く、とんでもない美しさだった。音無く仰がれる透かし細工の竹扇子は、随分と妖艶だ。これを着飾らせたのは燭台切の旦那かと察し、まぁ言ってしまえば少しばかり妬けた…と表現すべきか。短く声を掛ければ、大将は俺を見つけて微笑んだ。そのまま大倶利伽羅に席を外す様にと伝え、広間を去る背中を見送る。


「ご苦労だったね、薬研。」

「なに、大したことは無いさ」


大将に促され、隣へと座り足を崩す。調子はどうだと問われたので、上々だと答えておいた。久々に見る大将の姿を瞳の裏に焼き付けようと、すべらかな肌、伏せがちな瞼、揺れる睫毛を暫くの間じっと見つめていた。ふいに視線が絡み、そんなに見つめられたら穴が開いてしまうよと、大将は楽しげに笑った。


「…なぁ、大将」

「何だい、薬研」

「頼みがあるんだ。」

「聞こう。」

「俺を、」


大将の傍に置いちゃくれないか。気が付けば、俺の口からはそう言葉が零れ落ちていた。別にそんな事を言いに来たわけじゃなかったってのに、なぁ。留まる視界に前髪が揺れる。大将の紅が一層、歪んだ気がした。





『いけるね、薬研』

「ああ、任せてくれ。」


そうして、俺は未だ繰り返し戦場へと出陣している。ま、つまりそういうことなんだが。あの日、大将の笑みを見た俺は、全てを悟った。俺はこの位置で大将の為に戦う、それだけでいい。それが俺のやるべき事なのだと。出陣していれば、大将は直々に俺達に指示を出す。大将の采配に身を委ね、敵を斬ることが、出陣部隊にとってどれだけの快感か。幸を噛み締め、己を奮い立たせ、また次の敵へとその刃を突き刺していくのだ。耳に届くは俺達を鼓舞する主の言。隣の前田の顔。後ろの平野の顔。嬉々と、俺達は笑っていた。


『嗚呼、素晴らしいよ、私のお前達』


この声だけは、誰にも渡しやしない。



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