彼女の姿が、僕ら守護隊以外の刀剣男士の目に触れることは、滅多に無かった。広間、執務室、それから主の生活空間しかない離れに籠りきりの彼女。近侍部屋はあるものの、近侍は出陣部隊の隊長を務め繰り返し出撃している為、滅多にその部屋が使われる機会はない。そうなると常日頃彼女のお世話をする僕らだけが、彼女の傍に居るということになる。

彼女は自分の生に纏わる一切の事象に興味が無い。例えば食事。良くも悪くも選り好みが無く、食事をすることが出来れば何でも良いという。身なりに関してもそうだ。身に着けることが可能ならばただの布でも良いと、耳に胼胝が出来るほど言われた。己に関する事だというのにここまで興味が無いものかと、心底驚かされる。
極論、彼女は一人で生きていく事は難しいのかもしれない。勿論僕達は彼女の世話をする為に此処に顕現した訳ではない。本分は彼女の敵を、斬ること。だが、それを各々が重々承知の上、彼女の傍に居るのだ。彼女への有り余る忠誠心により、己の意思で。

彼女を仕立て上げる役目は任されていない。だから僕が勝手にやり始めた。彼女もそれを許可している。
彼女の食事は、彼女が喜ぶよう特に拘りを持って用意することにした、着物も僕達の主に相応しいもの…というか単純に彼女に似合うものを選んだ。全く知識の無かった化粧に関しても、道具を調達しては技術を磨いた。今や彼女は、僕の好みそのものを纏って生きているのだ。この光景を目にするのはほんの僅か、僕達守護隊だけなのだが…それでも大層な優越感に浸ってしまうのは仕方が無いことだと許してほしい。

…そして、我が儘になることも。


「ねぇ、どうしたの?それ。」


彼女の髪に飾られた、翡翠色の玉のついた簪。それを指差した僕は身体を硬直させたまま、彼女に問いかける。すると彼女は上機嫌で言った、膝丸がくれたのだと。
迷っていた。ここで口を開き、飛び出る言葉は全て彼への、嫉妬の域を出ない陳腐なものだと分かっている。僕はただ口を噤んでいた。…そうしてどれだけの時間が経ったのかは分からないが、いつの間にか彼女は、摘み上げた扇子で僕の頬を軽く叩いていた。きっと情けない顔をしていたんだろう。

彼女は暫くの間、その簪を毎日付けていた。



戻る



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -