「今日は、この本丸に来てくれて有難う。主も喜んでいるよ。僕達と一緒に頑張ろうね」


この台詞は、僕に与えられた役目だった。

彼女は強大な霊力を持ち、また大層聡明であった。そして効率が良く、優秀な戦績を挙げている。それが世間の評価であり、この本丸に在籍する刀剣男士達も、彼女、“己の主”という存在に対する認識は共通だ。───並の審神者ではないということを、皆がきちんと理解していた。それは僕が皆に日頃言い聞かせている成果だろう。
この本丸が何時からこういった仕組みになっていったのか、正直の所よく覚えていなかった。気が付いた時既に僕は彼女の代弁者として刀剣男士を纏める事となっていたし、他の役割も、いつの間にか彼女が傍に置く刀剣男士がそれぞれこなしていた。僕がこの本丸へとやってきた当初の形態とはまるで異なり、今や彼女は理由無く刀剣男士達の前に姿を現さない。役目は全て僕達“審神者守護隊”が引き受けている。

この本丸は、精鋭部隊、出陣部隊、遠征部隊、待機部隊の四つで編成されており、全ての刀剣男士がこの部隊のうち何れか一つに所属している。
精鋭部隊は練度が頭打ちの刀剣男士のみが所属し、特殊な場合を除いて出陣はしない。基本的に本丸に待機し、現在は政府による極、錬度上限解放を待つ状態である。この本丸を当初から構成する古参の刀剣男士達が集う、まさに精鋭集団だ。この中に、更に上位の存在となる僕達審神者守護隊が結成されている。
出陣部隊は第一部隊を組織し、その名の通り、刀剣男士達の最前線で戦闘をする。全てが修行を終えた極の刀剣男士のみで構成されており、極以外の刀剣男士は錬度を上げる以外の理由でこの隊に残留することはない。
遠征部隊は第二から第四部隊までを組織し、精鋭部隊の次点と、その他本丸に来て日の浅い練度の低い刀剣男士で編成され、繰り返し遠征を行っている。ある程度の練度に到達すると、この部隊を外れ待機部隊へと異動する。
待機部隊は出陣せず、本丸に待機する。この本丸を構成する殆どの刀剣男士はこの隊に所属している。同じく本丸に待機している精鋭部隊とは異なり、その錬度はある一定をもって止まったままの者ばかりだ。また、待機部隊へ配属されると如何なる場合であっても出陣の許可は下りない。そしてこの部隊から異動がかかる事は極めて稀だ。…主のお眼鏡に叶わない限りは。


「待機部隊となれば、もう出陣する事はなくなるのだな…」


大方の説明を終えた僕の目の前、彼───大包平が眉を顰めている。たった今、この本丸へとやってきた彼のように、全ての刀剣男士へこの仕組みについて説明をするのは、僕が彼女に与えられた仕事のひとつであった。例外なく彼もこの本丸の在り方に疑問を抱くだろう。だが問題は無い。彼女が納めるこの本丸において、刀剣男士が不信感を抱く事など有り得ない。
彼を持ち部屋へと案内する。まもなく彼は遠征部隊へと配属され、暫くは遠征へ向かうことになるだろう。同室の刀剣男士達に彼を紹介し、本丸を案内するようにとだけ言い付ける。僕は踵を返して彼女の部屋へと向かった。

この領域の構造といえばごく簡素なものだ。堀に囲まれた塀。大手門を抜ければ目の前に広がる二の丸、建物内へと入れば直ぐに客人を出迎える大広間。刀剣男士達の持ち部屋や厨、風呂場、鍛錬所や手入れ部屋などの生活空間。広がる庭を抜け、裏手へ続く長廊下は主の居る離れ、正真正銘の本丸へと続く。足を踏み入れようとするならば今一度、門に遮られることになる。この先は守護隊と近侍以外、立ち入る事が許可されない。


「ご苦労だったな。」


この離れの門には改めて門番がいる。この門番は精鋭部隊から二振が日毎に交代で務める事となっており、主が許可する者以外は決してこの門を通さない。門の左には小狐丸、そして右に腰を下ろすのが今しがた僕に声を掛けてきた三日月宗近。二人ともお疲れ様、と挨拶を交わす。すると二人は目を伏せた。僕はその間を抜け、先へと進む。
ここからは人の気配が殆ど無くなる。暫く廊下を歩くと、漸く離れが見えてくる。二の丸に比べ、さほど広さを持たないその場所。近侍部屋と、主の広間、執務室、簡易な風呂場と厠、そして休み処と言った所か。主の為のその空間、閉ざされた障子戸に手を掛け、僕だけど入るよ、と一言。
そこには主が居た。いや、僕にとって彼女の姿は珍しくも何ともない。僕は毎日のように彼女の元へと仕えているのだから。ただ今日案内した彼は、こうして僕と同じように彼女を見ることが出来る日が来るのだろうか…と考えては笑みが溢れてしまった。


「何だ、えらく機嫌がいいじゃないか。」


緩やかな曲線を帯びる漆黒の絹。裾から細微な金の刺繍が施されるそれに身を包む彼女。豪華な金の帯に、目を見張る程鮮やかな朱の帯止めが良く映える。繊細に結われた艶やかな黒髪。陽の光を知らぬ透き通るような白い肌を僕の視線が這う。
紅の乗った唇が弧を描き、僕を煽る言葉が零れ落ちた。深い闇色の瞳が写す己の姿を見付ける。そして華奢な指先が摘むのは透かし細工の効いた竹扇子、端から垂れる絹糸がゆうらり、揺れている。僕はその妖艶さに思わず息を呑むのだ。たかだか無機物にだろうと羨む、のは性かもしれない。…彼女というの存在の、その全てが僕を魅了してやまないらしい。


「いい加減何か言ったらどうだ、光忠。」


彼女の膝元から、僕を叱咤する声が飛んできた。やれやれと小さく溜め息を零した僕は、彼女の隣へと座る。彼女の膝へと頭を預けて寝転ぶ、大倶利伽羅、…伽羅ちゃんがそこにはいた。瞳を閉じたまま、床にだらりと投げ出した四肢。緩慢とした動作で扇子を仰ぐ彼女の空いた隻手は、膝に乗る彼の頭を撫でていた。それはまるで猫を可愛がるかの如く。僕はその動作に再び目を取られる。
彼女を見つめるのは、僕にとって至福の時間、そのものだ。初めて彼女に出会った時から変わらない。そして彼女も、僕のそんな趣味ともいえる行動を享受してくれていた。大体が、痺れを切らすのは周りに居る者達だ。
相変わらず彼女を見つめたまま黙っている僕に、舌打ちをしたのは伽羅ちゃんだった。機嫌を損ねたらしく、漸く僕も分かった、分かったよと彼を宥め、報告を始めた。といっても新入り君にこの本丸のことを説明をしておいただとかどんな様子だったかだとか、そういった簡単なものだ。彼女はいつも通り、さほど興味が無いのか僕の話を全く聞いておらず、瞼伏せた膝元の伽羅ちゃんに視線を落としたまま彼の頬を摘んで遊んでいた。


「新入り君はお気に召さなかった?」

「おや、そう見えるかい」


僕の言葉に、愉快とばかりに彼女は肩を揺らす。遂に視線を上げた彼女は、漸くというか、僕を視界に捕らえなおして労いの言葉をひとつ呟いた。



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