突然だった。出陣中の僕達の耳に、主の声が届かなくなった。今までそんなことは一度もなかった、自分が近侍を任せられている時に限っての想定外の事態であった。いつも主の隣に控えているいち兄が、主の代わりに僕らに帰城命令を出したのだから。主に何かがあり、今僕達に指示を出せない状態。それだけはいち兄の強張った声色を聴けば嫌でも分かった。僕は、いや出陣部隊の皆が、苦しい程の動悸に襲われていた。主の指示を無くした途端、こうも弱気になる僕達。何たる不甲斐なさ。…兎に角、急ぎ主の元へと戻らなくては。

帰城し、僕は足早に離れへと向かう。その広間へと辿り着いた時には、既にいち兄、膝丸様と燭台切様が待機していた。僕の顔を見て、無事に戻って良かったと、いち兄は微笑んだ。主は、いち兄の目の前で急に倒れてしまったのだと聞いた。今は大倶利伽羅様が付いて、安静にしているとも。もう二度と主の命を、声を聞けないかもしれない、等と嫌な思考ばかり廻らせていた僕は漸く安堵し、そのまま広間で待つことにした。


「平野を呼んでる、来い」


───はっ、と意識を浮上させる。大倶利伽羅様が、僕を見下ろしていた。着いて来いと言わんばかりに顎をくいとやり、歩き出していった彼に、急いで立ち上がり着いていった。

僕は守護隊ではない、だからこの離れにも、近侍部屋と広間にしか足を踏み入れたことがなかった。初めて入る、主の休み処。襖の前に立ち、息を整え入室の許可を得ようと声を掛けるところ、大倶利伽羅様は何の躊躇いもなくがらりと襖を引いてしまったのだから驚いた。間もなくして、布団から半身起こした主が微笑んでいる姿が見えたのだった。


「済まなかったね、平野。お出で」

「主っ、」


両腕を僕に向かって広げる主。思わずその腕の中に飛び込んだ。か細い腕が僕の背に回り、きゅっと身体を抱き締められる。僕らより些か高いその体温。よく頑張った、と優しいお言葉を掛けて頂いたものだから、とうとう僕の視界は潤み揺れた。ご無事で何よりです、そう返すのが精一杯だった。
僕の頭を撫でるその掌を、心地好い主の腕の中に暫く留まり甘受していた。大倶利伽羅様は、暫く出陣は控える事になると呟いた。主の顔をそろり見上げれば、その眉を八の字に下げ、困った様に笑っていた。大胆不敵、普段はそんな言葉がよく似合う笑みを浮かべる、あの主が。

この方は、こんなにも弱々しく笑うのか。そう思った。


「…主、僕は、僕達は」

「噫、みなまで言うな。」


主の食指が、僕の唇をつんとつつく。嗚呼、今更忠誠の言葉等、吐き出させてもくれない。



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