『主、指示を…』


池田屋の記憶、京都は三条大橋。出陣部隊は極短刀を主軸にした六振。戦力的には有り余るほどであるし、何の心配をすることもない、時間遡行軍残党狩りの最中であった。執務室には大きく柔らかな、肘掛のついた椅子がたった一つ置かれ、それを囲むように出陣部隊の様子を映す為の大きな画面が四方に配置されている。いつも通り主は椅子に腰掛け、主の力によって画面に映し出された彼らの様子を落ち着いた表情で褒め称えていた。多少傷を負うも嬉々として刃を振るう弟達の姿。最早私が口を出すまでもない、静かに主の隣へと控えていた。

すると突然、がくり、姿勢を崩した主が肩で大きく息をしていた。思わず駆け寄り屈み込み、主、と数度声を掛ける。喉が鳴る呼吸だった。慌てた私の様子を聞き付けたか、執務室の戸を乱暴に開き、大倶利伽羅殿が部屋へと入ってきた。彼は私の事など目もくれず、主の前に膝を付く。主は震える手を伸ばし、彼の頭を引き寄せ耳許で何かを囁いた。すると彼は一つ頷き、主をひょいと抱え上げ、部屋を出て行ってしまった。呆けた私の目の前には、主からの指示を失い戸惑う出陣部隊の様子が、映し出されたままだった。


『主、?』

『いち兄、そこに居るか?大将は、』

「…席を外された。お前たちは帰城しておいで」

『…分かった、すぐに戻る』





「いち兄、主の容態は」

「大丈夫、今は休まれているよ」


帰城した出陣部隊、第一部隊長の近侍、平野が離れへと戻ってきた。主は倒れられ、休み処にて休まれている。主には大倶利伽羅殿が付いているようだ。行き場をなくした燭台切殿、膝丸殿、私は広間にて待機していた。私の言葉を聞いた平野は安堵した様子で、共にその場に腰を下ろした。

───それからどのくらい時間が経ったか、長い事私達は黙ったまま広間にいた。広間には重い沈黙が横たわっていた。まるで庭に降り積もる雪が、音を吸っているような。そうして気付けば、大倶利伽羅殿が広間に戻ってきていた。


「伽羅ちゃん、主は?」

「落ち着いた。…平野を呼んでる、来い」


その言葉にはっ、と顔を上げた平野は、大倶利伽羅殿に連れられて主の休み処へと向かった。残された私達の間には再び沈黙が訪れる。きっと思うところは同じなのだろうと、感じていた。

大倶利伽羅殿は、主について重大な何かを知っている。

それは常日頃感じていたことでもあった。守護隊の面々は、それぞれに壁がある。どうしても、己が主の一番にという思考から、敵対意識がある…と表現するのが的確なのだろうか。それぞれが役目を一所懸命に全うしていた。そして、互いに他の役目に携わろうというのはご法度だと、それは暗黙の了解だった。
しかし、彼の役目だけは、我々の中でも一等不明瞭であったのだ。彼の役目は“愛玩”。その役目については、主も、彼も他言しようとはしなかった。二人の秘め事。また、我々がその役目について言及しない、…できなかった。
そうして、今日、私の中で何かが明確になっていた。主は倒れてしまわれたその瞬間、目の前にいた私ではなく、大倶利伽羅殿に手を伸ばした。私には主が何故倒れてしまったのか分からない、だが大倶利伽羅殿はその原因を恐らく知っていた。主から聞かされていたんだろうか。それが“愛玩”の役割なのかもしれない。嗚呼。これはきっと憶測などではない、この場の三振が確信していた。

主の一番近いところに居るのは、彼だ。


「何故我等は選ばれたのだろうな、」


膝丸殿が、庭の雪景色をぼんやりと眺めながらそう一人ごちた。



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