ある日、僕達の主は突然離れに籠り始めた。もう、容易に彼女の声を聞くことも、姿を見ることも出来ない。僕には、その現実が直ぐに受け止められなかったし、きっと他の刀剣男士達も同じだった筈だ。


「この先に行ってもいいだろうか」

「…アンタも懲りないねぇ」


二の丸から続く長廊下、その先の離れを遮る、霧捲く門。麓に座り込む門番が二振、静かに僕を見遣る太郎太刀、それから不満気な声を上げた次郎太刀。

結局、僕は彼女に会うことは叶わない。解っているのだが、時間が出来ると、どうしても足は此処へ向かう。そして門番に追い返される、そんな事を繰り返している。数え切れない程此処へ足を運んできた、その中でまともに彼女の姿を見られたのはたったの一度。此処へ弟を連れてきた時だけだ。今やその弟はこの本丸の中でも最上位の審神者守護隊に所属し、彼女より直々に役目を仰せつかっている。僕はといえば、こんなことを続けているものだから、本丸の中では問題児扱い。本来所属している筈だった精鋭部隊からも外され、今は遠征部隊の第三部隊長として、この本丸に辿り着いて日の浅い刀剣男士達を引率しながら日々遠征に繰り出している。本丸に在中する時間を減らそうと、宛がわれたのかもしれない。…僕からしてみたら、彼女に会えない他の刀剣男士達が、どうしてそうも冷静にしていられるのか、不思議で仕様がないのだけれど。

一歩、その門に踏み出す。次郎太刀は柄に手を掛けた。太郎太刀は相変わらず冷めた視線を僕に向けている。また一歩、踏み出す。次郎太刀が声を荒げた、何と言っているかは、耳に入らなかったけれど。嗚呼。この先に、彼女が居る


「…おや、乱暴だねぇ。」

「控えてくれ、兄者」


そうして、音無く背へと突きつけられた刃に気付いた。気配など微塵もしなかったというのに、腕を上げたものだ。安堵の表情を浮かべた次郎太刀を横目に、大人しく門から向き直ってみせる。眉を顰め、僕を見つめる弟が、其処にはいた。僕に向けた刃はそのままに、彼はもう一度、僕に引く様にと声を掛けるのだった。あの弟が、僕に刃を向けるだなんて、それも彼女の存在がさせたことか。…勿論、彼女を、そして弟を困らせたい訳ではない。渋々と溜め息をついた僕はこの場を離れることにした。踵を返し、長廊下を歩き出す。漸く彼は刃を納めた。僕は微笑みながら、彼の横を通り過ぎ


「…兄者。貴方は其処に居るべきなんだ。」


その一瞬、彼は僕にだけ聞こえる声で、そう呟いた。

分かっているさ。僕は剣。彼は鏡。言ってしまえばこの思いを抱くことが僕の役目だ。僕がこうして己が立場を理解しているということも、彼女には想定の範囲内だろう。僕と彼女はそうやって互いを理解し合っているのだと、信じてやまない。

そうして、僕はまた此処に足を運ぶのだろう。



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