審神者守護隊、当本丸における頂点。

この本丸は、惣領…主である彼女の姿を見ることが出来る者は殆どいない。だからこそ、末端の刀剣男士の間では、主という存在はほぼ概念のようなものになりつつある。なにせ主の姿を一度も見たことがない、なんて刀剣までいるのだ。守護隊の一角である燭台切光忠が、彼女の代弁者として我々に全ての指示を出しているのだから、彼女という人物そのものにはあまり馴染みのない刀剣男士は少なくない。
燭台切光忠は各所へ指示を飛ばす為、いつ見ようとも忙しく動き回っている。それから一期一振、大倶利伽羅は常に彼女の傍に居るものだから、二の丸には殆ど顔を出さない。彼女と特に接点を持つこの三振の刀剣男士は、それぞれが持ち回りの役割で手一杯のようだ。すると、どうしても彼らに行き届かない部分が生まれてくる。二の丸の様子をじっくりと見て回れる者がいないのだ。彼女の目は、離れに籠っていたとしてもこの本丸全てを見通していなくてはならない。そこで俺が彼女の目となり、彼女の視野を補助しているのだった。


「主に、会いたいなぁ」


だから、こういった意見を俺が汲み上げることも多い。目の前で、そうぼやいたのは加州清光。この本丸では最古参の刀剣男士であり、現在は錬度頭打ち、精鋭部隊に所属する一振。彼には錬度上限開放が実装されているが、主からの修行出立の特殊許可は下りていない。廊下ですれ違い様じろり、と俺を見やる視線に足を止め、彼に向き直る。


「俺、もう二年か、そのくらい主に会ってないんだよね」

「…そうか」

「ねぇ、主元気?ちゃんと笑ってる?」


加州清光の挑発的な声色に、俺は口を噤んだ。俺は、彼女の心からの笑みを、見たことがない。
かつての、離れに籠る前の主を知る刀剣男士は皆、口を揃えて言うのだ。“主の笑顔が大好きだ”と。太陽の様に眩しく、花の様に可憐で、見ているだけで温かく幸せになれる。守りたいと、思うのだと。彼らが思い描く主の笑顔と、俺が見る彼女の笑顔の印象は、異なる。
俺の見る彼女の笑顔というのは、殆どが儚い微笑み。どこか余裕でいて、どこか暗い。惹きつけられて、目が離せない妖艶さを孕んでいる。時々、少女の様に無邪気に笑ってみせるものの、次の瞬間にはもう憂いを湛えている、…そんな笑顔が板についているようだった。





「君に、会いたいと言っていた」


一日の終わり、俺は彼女に定例報告をする。俺の呟きに、雪降り続く宵闇の庭を見ていた主は、視線はそのままに、俺の良く知る笑みを浮かべた。
可愛い子だ、と小さな声で彼女は言った。彼女は彼女なりに、この本丸に在籍する刀剣男士達のことを大切に思っている。だから、俺のような役割があるのだ。真意正しく伝わっていない者も居るかもしれないが、…それは彼女のせいではない。
彼女の隣へと腰掛け、並んで庭を眺める。俺はこの時間が好きだった。彼女の創る本丸がこういった形態を取る前の姿を、俺は知らない。もし、これから、古参の彼らが言う以前のような、それこそ加州清光が会いたいときに彼女に会えるような、そんな本丸に戻るようなことがあるのなら。きっと俺は彼女と二人、こうして夜の時間を過ごすことはなくなるのだろう。

そうしたら、胸に燻るこの思いが、何かの拍子に彼女を喰ってしまうかもしれない。そう思った。

彼女のすっかり冷えた手を取って、その甲に俺は唇を寄せた。彼女は微笑んでいた。俺は知っている、こうして自ら彼女に触れようとする刀剣男士は、この本丸において俺だけだということ。大概の者が、主から触れるのを待ち決して己からは触れようとはしないのだ。それが何故だか、俺は知らない。だが、俺は彼女に触れられる立場にある。それを無為にしようとは思えない。俺は彼女に選ばれて此処に居るのだから。


「可愛い子だ、お前もな」

「…そうだろうとも」

「おや、言うようになったね」

「俺も君の刀だからな」


俺の言葉に、彼女は微笑む。他の者が何と言おうと、俺の記憶に刻まれている笑みは之だ。之こそが俺の従う笑み。何も間違いはない、この現実だけが、真実だ。

そうして俺は、いつも通り定例報告を終え部屋へと戻るのだった。



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