主のいる離れには、精鋭部隊の上層部である守護隊と、出陣部隊から選抜される近侍のみが出入りを許可されている。近侍は第一部隊の隊長として最前線で戦闘をこなす為、帰城しても休む間無く出陣の準備が整い次第即出立していく。実質許可されているとしても、主に会う時間はほぼ無いと言っていい。

今や出陣部隊は、その全てが主から特殊許可を得て極の修行をこなした者のみで構成されている。此処に辿り着いた刀はまず遠征部隊へと配属され、ある一定の錬度に達した段階で待機部隊へと異動、一切の出陣を許されなくなり、現在この本丸を構成する約七割の刀剣がこの状態である。その後、主のお眼鏡にかなった者のみが出陣部隊へと臨時的に異動し、錬度が頭打ったところで精鋭部隊へと配属される。精鋭部隊では主からの召集があった場合にのみ出陣をする、その傍ら極修行の許可を待つ。そうして主より特殊許可が下り修行を終えれば、再び出陣部隊へと戻ることが出来、近侍を任命されることで主へ会うことが出来るようになる。…何とも、長い道のりだ。

俺は主の初めて手にした刀剣、所謂“初期刀”というやつだが、それでもこの構成になってからは他の刀剣達と同じように、主に会うことは叶わなかった。敵勢力拡大による刀剣の能力強化、…早々に錬度も頭打ち、精鋭部隊となっていた俺にも漸く政府より錬度の上限開放が認められた。主から俺に特殊許可が下りたのは、なんと政府からの通達があったその日であった。主直々の命、渋る理由もなく、主から持たされた道具を一式と、心構えする間もなくこの身一つで出かけることとなったのだった。


「久しいね、私のお前」


俺が最後にこの姿を見たのはいつだったろうか。修行から戻ると、直ぐに俺は近侍へと任命された。また会うことが出来たら伝えたいと思っていたことは、幾つかあった気がする。元々話は上手い方じゃないが、実際に主を目の前にすると、何も口からは出てこなかった。

だが、俺はきっと望んでいたのだ。こうして主に会うことを。


「以前と違って、顔が良く見えるな」

「…見てどうする、」


向かい合い座り込んだ俺達。主の伸ばされた腕。その指先が俺の前髪を梳いた。主が、笑みを浮かべている。主が、俺に触れている。そうして俺の胸中には、途方もない安堵が居座っていた。主の視線に貫かれたこの瞬間、俺はただただこの人物の為の刀であればいいのだと思い知ってしまった。結局俺は俺で、俺以外の何物にもなれやしない。ならば俺が出来うることを、…この人物の為の手柄を立てればいいのだ。今の俺には、それが出来る。それだけの力をこうして主から授かった。今の俺は、昔とは違うのだと。

揺れる視界で、じっと主を見つめた。主は掌を俺の胸に当てた。それから甘い声で密やかに、大切に俺の名を呼んでみせた。脊椎がじんわりと温まるような感覚だった。


「…言いたいことがあるだろう?」


主には、分かっている。俺が此処に辿り着くまで、押さえ込んできた感情。主は俺達の抱える思いの正体を見破るのが得意だ。自身の胸に添えられた小さな掌を、そっと己の掌で包んだ。そうして、握る。全くもって頼りになるそれではなく、どちらかといえば壊れてしまいそうな程儚い。この掌が、俺達を使役する掌だ。


「ふふ、泣く事を覚えたのかい」


ぽた、ぽたり。雫が落ちた。それは俺の瞳から溢れていたものだった。嗚呼、こうして胸が熱くなると人の身体は涙を流すのだと、他人事のように悟った。主は身動ぎひとつせず俺の言葉をただただ待っていた。開いた唇から、拙い言葉が零れていく。


「悔しい、と、」


俺はこの人物が初めて手に取った刀なのに。誰よりも、主と過ごした時間が長いはずなのに。どうして俺よりも後に来た刀剣が、今や俺よりも主の傍に居る。燭台切も、大倶利伽羅も。一期一振も、膝丸も。何故そこにいるのが俺ではいけなかったのだ。
これが、俺の答えだった。静かに、俺は主に問い続けた。胸に仕舞い続けた、醜い思いだった。そうしてぽつぽつと思いを吐露する俺を見た主は、ふっと笑みを零したのだ。皆同じ事を言うのだと。それは少女のようにあどけない笑みだった。


「充分に育ったね、私のお前」



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