「修行ぉ!?」


右腕を燭台切、左腕を大倶利伽羅に掴まれたと思ったら、抵抗する間なく引き摺られてやってきた、本丸の規則上俺が来ることは絶対に無いだろうと思っていたその場所。主の居る離れ、その広間。有無を言わさず連れて来られ、畳の上に無理矢理座らされていた俺は、職台切の放った一言に思わず素っ頓狂な声を上げてしまったのだった。

君には修行に出てもらうことになった。そう言ったのだ。

実のところ、俺は燭台切や大倶利伽羅と同じ頃に本丸へとやってきた、言ってしまえば古株だった。主は古株の奴等のことを特に大事にしている印象がある。長く一緒にやってきた奴には、戦闘狂の主とはいえ流石に情があるってんだろう。俺も早々に錬度が頭打ち、精鋭部隊へと配属になっていた。同じく、同時期に精鋭部隊へと配属になった古株の面々は、政府から極が解禁されると皆修行へと旅立ちその姿を変え、主お抱えの出陣部隊へと異動していった。しかし、俺には一向に修行の許可が下りなかったのだ。今や精鋭部隊に残る古株は、政府が極を解禁していない刀剣と、俺だけになっていた。
それまでは特に何の感情も抱くことは無かった。だがここまでくると、俺は主に好かれていなかった、俺に何も望んでいないのだと思っていた。俺だけが残ったのだ、己を惨めと思う以外なかった。

燭台切は静かに広間を出て行った。大倶利伽羅はといえば、広間から続く縁側に腰掛けている。外は雪景色だ。肌寒い部屋、障子戸は奴が開け放ったままだった。


「すまない、待たせたね」


開けていた戸から、主が広間へと身を滑り込ませてきた。久しぶりに見る主は、相も変わらず、美しかった。以前よりも、その美しさを増しているようにも思える。燭台切の手腕が揮われているということか。…ただ少しばかり、痩せていた。
主の姿を最後に見たのは、主がこの離れに籠り始める前だった。あの頃は出陣するにも帰城するにも、主が出迎えてくれていた。特に派手な着飾りもせず、大手門で俺達に手を振り眩しい程の笑顔を見せていた、そんな主を見るのが俺は心底好きだった。それが今や、こうも身奇麗にして、眩暈がしそうな位鮮やかな紅を引いて。こんな姿で此処に籠っていやがったのか。そんな思いが廻れば、成る程この本丸の刀剣男士はこの女が掌握していたのだと実感するのだった。


「…随分綺麗にしていやがる」

「君に会う為に決まっているだろう。」

「減らず口を」


思ってもいない癖に。全く可愛げがねぇ、そう言ってやれば主は幼い少女のように表情をくしゃりとさせ、笑った。

主は早速と俺の前に座り込み、畳に三つ指着きひとつ頭を下げる。慣れない事をされたもんで、俺は戸惑ってしまった。久々に旧友と会う気分さ。顔を上げた主は上機嫌でそう言った。
横目に視界に入る大倶利伽羅の背。相変わらず縁側に腰掛けたままの姿が見えた。奴は俺と主の会話を全て、聞いているんだろう。だとしても俺は、今更、何故俺を修行に出すのかと主に問わずにはいられなかった。俺は主に関して思うところはあまりない。何故、と問うも、怒りや悲しみからの言葉ではない、…そんな感情はとうに捨てていたから。だからこそ驚いたのだ、純粋な疑問だった。俺の言葉を聞いた主は理由が必要か、と考え込む仕草を見せた。

暫く考え込む主を、俺は黙って見つめていた。すると、主の指先に目が留まった。白魚のような指。食指の先、小さな傷跡が刻まれている。まだ新しい傷だ。主が傷なんてつくろうものなら、一期一振あたりが発狂ものだろうに、その小さな傷は処置された形跡も無い。指先を食い入るように見ていた俺の様子に気付いた主は、これなら噛み付かれたのさ、と呟いた。


「躾もまともに出来てねぇのかい」

「おやおや、君もそうしたいのなら言ってくれればいいのに」

「誰がンな事言ったんだよ…」

「安心するといい、君にもその権利は与えられる」

「人の話を聞けっつーの」

「気をつけて行っておいで」

「…お前なぁ」

「手紙は毎日書くんだよ。」

「やかましい!」


そうして俺は、今日もこの女におちょくられるのであった。



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