「こ、これでいいでしょうか…」
「悪い」
「いえ、」
タオルと共に彼へと手渡したのは、私が、高校生時代に使っていたジャージ。私には少し大きめだけれど、彼にしたら小さいと思う、だけど致し方ないでしょう。彼が着れるような服が、この家にはないのですから。
あれから雨の中を二人で走り、私の家へと辿り着いたのだけれど、その時点で既に二人して頭の先から足の先までがずぶ濡れでした。彼は私に傘を貸して欲しいと言ったけれど、このままの状態で帰すのも…。とりあえずと彼を玄関に通し、待ってもらうことにしました。私はそのまま脱衣所へと走り、大きなタオルを二枚手に取り再び玄関へ。彼に一枚を手渡し、濡れた身体を拭いてもらうことに。ぽたり、私の眼前、彼の前髪から雨粒が落ちて。すると小さなくしゃみ、そして寒いな、と呟く声は勿論彼のものです。…よく見れば身体が微かに震えている。よかったら、お風呂に入っていきますか。私の口からそんな言葉が零れ落ちるのも時間の問題だったのです。
一旦渋った彼は、私が先に入ることを条件に、我が家のお風呂を借りることにしたようで。私はいつもの部屋着に、彼は私の手渡したジャージに身を包み…(違和感がすごい)彼の服を洗濯し、乾燥が済むまでの間は休んでいってくださいと、彼にコーヒーを差し出しました。いつかの如く、彼の髪の毛はぺたりとしていました。
「…こんな形で、ナマエの家に入るとは」
自分のコーヒーを用意し、ソファに腰掛けている彼の隣へ。ゆらりと漂うマグカップの中身へ視線を落とした彼がぽつり、そんなことを呟いたのです。確かに、ほぼ毎日顔を合わせている(バイトの帰りは必ず彼と帰るし、休みの日も予定が無い限りは一緒に図書館やカフェへ行ったりしている)ものの、彼を私の住むアパートへと招いたことはありませんでした。自分の家に、彼がいるという光景。彼をじっと見つめていると、そんなに見るなと小突かれてしまいました。
これまで彼は私に、自分の家に来いだとか、それこそ私の家に来たいだとかを言わなかったもので、私もいつかはと思っていたものの照れ臭くなかなか口に出せず…(これに関してはきっと彼も同じ気持ち)、そのタイミングが今になるだなんて予想だにしていませんでした。静かにコーヒーを飲む彼の横顔へ、これからはいつでも来てくださいねと、勇気をもって投げかけてみると。彼は直ぐに照れて、さっとソファから立ち上がり本棚を眺め。何か興味を引く本が見つかったようで、本を一冊取り出し黙々と読んでおりました。私はといえば、彼のスニーカーにせっせとドライヤーを当てていました。
「雨、止みませんね」
「…そうだな」
暫くして、彼の服は綺麗に仕上がり、着替えてもらいました。窓の外は相変わらずの雨模様で、二人して小さく溜め息を付き。冗談めいた口調で、今日泊まっていかれます?と問い掛けると、彼は心底驚いて瞳を丸め(まんまる)その後、からかうな、と不貞腐れていました。
次第に雨も弱まってきた頃、スコールさんはそろそろ帰るというので、玄関まで見送ることにしました。靴を履き、振り返った彼は私の顔を見て、そんなに寂しそうな顔をされると困る、と言ったのです(私、一体どんな顔をしていたの…)。また、明日。そう呟きドアノブに手をかけた彼は一旦動きを止め、もう一度振り返る。私が首を傾げると、彼の掌は私の頬に沿えられ、そのまま青い瞳が近付いて。咄嗟にきゅっと閉じた瞼、そっと唇に触れた甘く柔い感触。途端に体温が上がった気がして、手持ち無沙汰になった両手は、彼の服を控えめに掴んだのでした。
「…悪い」
「ど、どうして謝るんですか…もう」
そっと瞼を開くと、彼の顔はまだ唇が微かに触れ合う距離で。突然の事に、熱くなった頬は隠すことは出来ないまま。しかし、彼の頬も見た事のないくらい赤くなっているから、今回はおあいこと致しましょう。こんな事をしたいが為に、家に上がり込んだ訳じゃない。うろうろと目を泳がせている彼。きっと、私の好意を無下にしただとか、そういう風に考えているのでしょう。相変わらず可愛い人です。思わずふ、と笑みが零れてしまい、その笑みの意味を問うように彼の指が私の顎へと滑る。
「スコールさん、私も、ごめんなさい」
「…どうした?」
「…あ、貴方を、帰したくなくなって…しまいました」
5秒見つめて
(もう一度、唇が触れ合った)