「ああ…いつものだ」
「はい、ご用意してありますよ」
にっこり笑って席へご案内。彼、スコールさんと私は、あの雨の日以来親しくなっていました。
あの日を境に変わったことがたくさん。いつも私のバイト終わりより先に帰っていたスコールさんは、私のバイト終わりに合わせて帰られるようになった。そして彼と一緒に帰るようになった(私の家は彼の家に行く途中にありました)。彼が来る時間を見計らってコーヒーを煮出すようになったし、彼は注文の仕方を「アイスコーヒー」から「いつもの」に変えた。私はアイスコーヒーにクッキーを決まって三枚、添えるようになった。
何より一番変わったのは。彼とお話するようになったことです。
「お待たせいたしました」
「…なぁ、これ解るか」
「えっと、…はい、これはですね」
お話するようになってわかったこともたくさん。まず、彼と私は同じ大学へ通っていたこと。そして、彼はなんと私の後輩だった!(でもお客さんなので、敬語は抜けないまま…)専攻している科目が同じなので、こうして分からないところがあれば恐れ多くも私が教えているのです。彼は成績優秀のようで、私が口を出す迄もないことのほうが多いけれども…いつも通りこの時間はお客さんがいないので、彼の隣にちゃっかり座っている私を見ている人もいないし、私自身気兼ねすることもない(スコールさんの隣に座れるなんて役得すぎます)
「どうしても計算が合わない」
「それでしたらこの公式の応用で、」
「……ああ、なるほど」
「その後ここに代入すれば」
ノートに綴られる綺麗な数式を見て、男の子なのに私より見やすい字(情けない)、まとめ方もうまくて、本当に几帳面だなとぼーっと考えていた。必要最低限のものしか入っていないスコールさんの筆箱に、私が勉強を教えるためのシャーペンが1本増えたこと。それから、彼がこんなにも優しく笑うこと。これを知っているのは自分だけだといいと、思ってしまいました。
彼を知る度、彼を独占したいだとかそんなことを思ってしまうことも、勿論ある。所詮、お店に来て、帰るまでの、1日のうちのちょっぴりの時間しか共有してないけれど。私はここにいる彼しか見ていないけれど。それでも、私だけが知っていることがあればいい、今はそれだけで幸せなのです。
「…おい」
「え、あ、はい!」
「何か違うところがあるのか?」
「いえ、そういうわけでは…」
いけない。最近、スコールさんに勉強を教えるこの時間があまりにも尊いというか、終わってしまうことが切ないというか。そういう感情から物思いに耽ることが多く、彼に突っ込まれることがありました。しっかりしなければ。すみません、と謝りつつ彼のペン先に視線を移す、
すると同時に、隣に座る彼の手が、私の手に触れた。
「今、何を考えていた」
スコールさんが、囁く。私の視線は彼のペン先に固定されたまま。触れ合った手がやけに熱を持っているような、気がした。視線下がった私の額、私の表情を覗かんとする彼の額がもう少しで合わさり、そう。そうして彼は私を見つめていました。
少しの沈黙。かたん、と彼がペンを置く、ペンを置いたことで空いた手を、そのまま私の頬へ。固まっていた私はこのとき、彼によって、彼と視線を合わせられ。スコールさんと間近で目を合わせたのは、これが初めてでした。青い目が、すごく綺麗だと。まるで宝石のような、…思わず手を伸ばしてしまうような、等と頭の隅で考えていたりして。
「俺といるときに、何を他に考えることがある」
「スコール、さん」
「…今だけでいい」
ここにいる時間だけでいいから。この時間だけは俺のことだけ見ていてくれ。俺のことだけ考えてくれ。そう言って、彼はその綺麗な青い目を細めていました。スコールさん、それはどういう意味何ですか?私は勘違いしてもいいのでしょうか?
顔、近い
(よくわからなくて、とりあえず)(はい、と返事をしました)