「しまった……」


マスターに上がっていいよと言われ、仕事に没頭していた私は気付いてしまった、午後5時。雨は止むどころかしとしとと降り続いていました。小さな溜め息が自分の口から零れていました。朝に持ってきた傘は彼に使ってもらったので、自分の傘はなくなってしまった…今度から、必ず折りたたみ傘を持ち歩こうと心に決めました。

ほぼ毎日バイトに来ているのだし、マスターに借りよう、そう思い至りマスターのところへ行こうとして…私は気付いたのです。お店の入口、その小窓に人影が揺れている、お客さんかな?とさして気にすることもなく出迎えようと、その人の顔を見て、びっくり。

それは、彼でした。

私が驚いていると、彼も私が見ていることに気付いて、窓越しに頭を下げていました。慌ててお辞儀を返してから走り寄る、何か用事があったのでしょうか。扉を開けると、佇んでいた彼はいつもよりいくらかラフな格好をしていて、髪の毛もわりかしぺたりとしていました。視線を落としたままの彼が、何かを話したそうにしているので、私はその話し出しをじっと待ちました。


「……傘を、返しに、」


来たんだが。と小声で彼は呟き、その顔は少し赤くなっていたような気もします。…わざわざ来てくれたんだ。その証拠に、彼は今自分の差している傘があり、左手には一回り小さな私の傘が握られているのだから。毎日いらっしゃるんだし、そんなに急がなくても大丈夫だったのに…そう言えば、あんたが夕方に上がるって言ってたのに、雨が止まないから困っていると思った、と。なんてことだろう。困ってはいた、が、彼のこの行動は予想外でした。逆に迷惑だったでしょうか。


「余計な気を使わせてしまって、ごめんなさい」

「余計じゃない。こっちこそ余計な世話…だったか?」

「そんな!滅相もない」


ありがとうございます、と彼の手から傘を受け取ると、漸く彼は硬い表情を崩し、少し笑ったのです。漸く、というか、彼の笑った表情を見るのは初めてかもしれない。もう仕事は終わりか?と聞かれたので慌てて返事をすると、待ってる、と言うのです。僅かに首を傾げる私へ、恥ずかしそうに、家まで送ると続けた…彼はとても律儀な人なのだと知りました。そんな、大丈夫ですから、貴方も早く家に帰って温まって…と言ううちに、しゅんとした様子で迷惑だろうか、と問われ。…流石に断りきれず、甘えることにしたのでした。


「に、荷物取ってきますね!すぐ!」

「…そんな焦らなくていい」




目の前の君のまつげ
(ふるえてた、)(私、顔真っ赤かも…)



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