「いらっしゃいませ」


通学途中、毎日目にする場所に、今までずっと憧れてたお洒落な喫茶店がありました。あまり新しくなくて、いわば隠れた名店といった風貌の、小ぢんまりした喫茶店。憧れてたなら一人で入ってみれば良かったのだけれど、なんとなく躊躇われて、結局一人で入れずにいたそのお店。

ある日、お店の入口に貼ってあった紙が目に留まったのです。アルバイト募集中、と書いてあるそれを見て、今までの躊躇いの気持ちとかそういう類のものが、全部吹っ飛んでしまって。気付いたら、お店の入口を開けていたのでした。


「ご注文お伺いいたします」

「アイスコーヒー」

「かしこまりました。少々お待ちください」


ここで働くようになってから気付いたこと。このお店、思っていたよりもずっと人が入るのです。それに、常連客も結構いるようでした。私のように、このお店に惹かれる人、多いんだな。とほのぼの思っていたり。夕方にやってきてアイスコーヒーを頼むこの人も、私が働き始めてからずっと来ている常連さん。年齢は同じくらいか、少し上。時間帯からして同じ大学なのかもしれないけど、学校で見たことはあっただろうか。こんな美青年、一度見たら忘れなさそうだけれど…。ただいつも勉強をしているので、学生に違いない、と思っています。


「お待たせいたしました、アイスコーヒーです」


その人が座る席は、決まって店内奥から二番目のテーブル席。カウンターの向かい側の椅子に座るので、いつも手前から左側、その人から見て右側にアイスコーヒーを置く(適当な位置に置いていたら、その人は決まって右側にずらしていたので覚えてしまった)。コースターを置いて、上にコーヒーの入ったグラス、横にガムシロップとミルク、ストローを添える。その一連の動作を、私が軽く会釈してカウンターに戻るまで、彼はいつもまじまじと見ている。何故なのかは分からないけれど、その整った顔の彼の視線に、他の客にはない緊張感を感じたり…。


(勉強、続けてくれていいのにな)


なんだか少し申し訳ない気持ちになってしまう。夕方。これから夜にかけては人がまばらに入ってくる時間帯。しかしこの時間は本当に人が少なく、いつも彼しかいないのです。カウンターに入ってぼーっとしていてもマスターに申し訳ないので、私は机や窓を拭く作業を始めることにしました。ゆるり漂うクラシック、私の足音、紙をめくる、氷とグラスがぶつかる。それ以外何の音もしない店内。その空間を、気まずいというよりは心地よいと感じていました。


(……あ、)


ちらりと彼に向く私の視線。今日はガムシロップだけ使ってる、と心にしっかりメモ。平日に毎日来る彼は決まってアイスコーヒーを頼むけれど、ガムシロップやミルクの使用頻度がランダムなのが少しだけ気になっているのです。彼は何も考えないで、気分で決めているのかもしれないけれど。…もしかしたら何か規則性があるんじゃないかと、なんとなく覚えられたらなっていう、個人的な目標。今日はガムシロップ。何だかにやけている自分の頬を叱咤して、カウンターに戻る。




片恋セレナーデ
(どうして、君のことが気になるのでしょう)



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