「…それだけ?」
「…と、言いますと?」
「そのままの意味だよ!」
目の前には、私の日々のルーティンを聞き終え訝しげな表情をしたリノアさん。彼女のその不満気に歪んだ唇は、手に持つタピオカドリンクのストローを咥え、ちゅうと吸い上げたのでした。
ランチしようよ!初めてリノアさんと会った日、連絡先を交換して、つい先日そうお誘いを受けました。やってきたのは街中の、女の子らしいパンケーキが話題のおしゃれなカフェ。軽くて甘さ控えめな生クリームと見るからにジューシーな苺、オレンジ、パインなどのフルーツが山ほど乗った、それはそれは可愛らしいパンケーキを注文。口いっぱいにほおばればもっちりふんわりとしたパンケーキの食感、甘酸っぱいフルーツととろける生クリームが絡んで…無意識に零れてしまう笑み、合間にブラックコーヒーをちびちびと飲むのは幸せ以外の何物でもありません。そうして女子トークに花を咲かせていると、ふとリノアさんは言ったのです。そういえば最近スコールが悩んでいるようだった、と。
しかしながら、私の前のスコールさんは普段となんら変わりなく、特に悩みを抱えているだとか、そういった様子は見せなかったもので。彼は隠し事をするのが非常に下手…というか、正直者なのですが。私に何か隠しているようには、思えません。それでも普段から彼の近くにいるリノアさんがそう言うのだから、それも間違いないのでしょう。
「あのスコールがあんなに上の空になって、絶対絶っ対ナマエのことだよ!」
「ええっ、そんな…どうしちゃったんでしょう」
「うーん、スキンシップとか、ちゃんとしてる?ハグハグ〜って」
「た、多分その辺りは…大丈夫かと」
「ふむふむ、…勿論夜もよね?」
「リ、リノアさん…!声大きい…!!」
「えー、そんな照れる事じゃないってば、お泊りとかはしてるよね?」
「は、はい……」
リノアさんは、バナナとマシュマロが乗った上から、生クリームと濃厚なチョコレートソースがとろり、クラッシュナッツがたっぷりとかかったパンケーキをぱくぱくと食べ進めていました。慌てる私を余所に小首を傾げる彼女(こんな女子トークをしたのが久し振りで、焦ってしまいました…)。ふわり指先で持ちあげたフォークが私を示す、それだけ毎日会っているなら、同棲とか考えないの?彼女はそう言いました。
今以上に、スコールさんと過ごす時間が増える。それは、私にとってはとても喜ばしいこと。やはり、毎日彼に手を振りその背を見送るというのは寂しいもの。これが手を繋いだまま、同じ家に帰れるならそんなに幸せなことってないでしょう。けれど、まだ私はそれを言い出せない。彼も何となく察しているのではないかと思っています。…もしかしたら、これが彼の悩みに繋がっているのではないかと考えてしまって、つい苦笑い。
「ナマエ、卒業したらどうするの?」
「…一応、決めてるんです。でも、まだ未定というか、不確定で。なのでスコールさんには、内緒なんですけど。実は…」
「ええっ、スコールに言ってないんだ!私が聞いちゃっていいのかな…」
「ふふ、リノアさんは特別ですよ?」
.
.
.
「リノアと何を話していたんだ」
「?…秘密。」
「…俺には話せないような事か?」
「ちょっとスコールさん、何で落ち込むんですか、…もう」
リノアさんとのランチの後、講義を終えた彼と待ち合わせ。そのまま私の家に来て、彼にコーヒーをいれたマグカップを差し出したところです。クールで無口な彼は、大人数で群れることを嫌う代わりに、傍にいる人達には仲間外れにされたくない、という気持ちを非常に強く持っているようです。しょげる姿の、なんと可愛いことか…。
スコールさんの事ばかり話していましたよ。素直にそう言うと、彼の眦は幾らか緩んだように見えました。何か、悩んでいるのですか。…そう問いかけることは出来なかった、心当たりがなんとなくあるだけに勇気が出なくて。ソファに腰掛ける彼の隣に座って、自分のマグカップに口を付けながらちらりと横目で彼の表情を見遣る。すると彼の青い瞳が、こちらを向いていることに気付きました。私も向き直り、小さく首を傾げてみせる。
瞬きを数回。まるで時が止まったかのように、それはそれは緩慢とした動作で、彼に抱き締められていました。ほっと安らぐ、…私だけの、その体温。表情は見えないけれど、彼が何か言いたげにしている、そんな空気が伝わってくる。私は彼の背中に腕を回して、静かに彼の声を待っていました。
「……ナマエ、」
「はい、スコールさん」
「…その」
「?」
もっと、一緒に居たい。それは彼が呟いた小さな我儘。その言葉の真意は、勿論分かっている。彼の背中をゆっくりと撫で、今日は泊っていかれますか、そう返したのでした。
聞こえる?
(私の心の声が、)