※前回の続き。


「ナマエさんじゃないですか、こんなところで奇遇ですね」
「げ、明智君…」
「げ、って何ですか。失礼だなぁ」


季節は秋、吉祥寺、ジャズクラブじゃずじん。その入り口で、私は北風に震えながらとある人物と待ち合わせをしていた。…相手は勿論明智君ではない。この前の学会で意気投合し連絡先を交換するに至った研究者の方、女性。関西から態々学会に参加してきていた彼女が今夜東京を発つというので、軽く飲もうという話になった。彼女の話は、私ももう少し聞いておきたいと思っていたのだ。そんな時、彼は此処にやってきた。日が落ち暗くなってきた、未成年は早くおうちに帰りなさい。そう言ってやると、何だか溜息を付かれた。


「で?まさか男じゃないですよね」
「君も大概私に対して失礼すぎだと思うよ…」
「へぇ…?どうしよう、行かせたくないな。」
「…はい?」


いつもと変わらず、手袋を付けた彼の手が私に伸びてきて、私の手を取った。驚きすぎて、え、とかあ、とか小さな声を漏らしていると、目の前の彼は存外真顔だった。ふざけていると思うんだけど、…ふざけているんですよね、これ。前々から感じていたが、彼は自分の商品価値について熟知しすぎている節がある。だからこういう耐性のない私をからかって遊んでいる、…そして私もまんまと翻弄されている訳だ。どうしてこう、こんなにも歳の離れた男の子に焦らなくてはいけないんだろうか…。それに関しては恋愛経験皆無な自分を恨むしかなさそうだが。


「……あの、」
「…ええ」
「………何故こんなことを君に言い訳するのか自分でもよく分からないのだけれど…、その。女性です…」
「ふぅん、……本当かな?」
「こ、ここで嘘つくわけないだろが!!」


私が声を上げたと同時に、上着のポケットに入れていたスマホが震えた。片手で取り出し通知欄から確認すると、彼女からのメッセージ。どうやら電車を乗り過ごしてしまい、少し遅れるとのこと。返信を打つうちに勝手に画面を覗きこんできた明智君は、画面内に並ぶ彼女のアイコン、名前、会話内容までをバッチリ確認していた。そして掴んだままだった私の手をぎゅっと握りこみ、そのまま引いて、歩き出した。


「はぁ、無駄な心配したら、小腹が空いてきました。肉まん食べたいです」
「私に買えと…」
「山椒の方がいいです」
「しかも高いやつ…」
「駄目ですか?」
「半分こしよう…私も食べたい」
「…仕方ないなぁ」


確かにね、寒くなってくると肉まん最高だけどね。ほんの数分歩いて包楽へ、山椒肉まんを二人で半分こ。私の中ではたまにしか買えない高級品だ。齧り付く彼の表情は先程とはうってかわって幸せそうに綻んでいる。よかった。


「こういうの、一個を一人で食べるより、半分を二人で食べたほうが美味しくない?」
「僕、ナマエさんと関わるようになってから体に悪そうな食べ物、沢山食べてる気がしますよ」
「煩いな」
「全く…すぐ煩いって言いますよね。言葉の引き出し、それ以上ないんですか?」
「煩いな……」


あんなにためになる論文書く人とは思えないですね。そう続けられたのだが、それは褒めているのか、それとも貶しているのか。絶対後者だと思う。言うに、犯罪心理学の観点から怪盗団の行動を読むという意味では、私の論文やら意見が大いに役に立っているそうだ。世間で活躍する探偵王子様の推理の一端になっていると思えば、まぁ別に悪い気はしない。


「あれ、すごく面白かったです。犯罪心理学の観点からみる刑罰の最適化、でしたっけ」
「…待って、それ発表したのもう六年前とかだけど、そんな古いの読んでたの?」
「精神鑑定での減刑化、…色々参考になりますよ、一応警察から声が掛かる犯罪心理学の権威ですもんね、こんな顔して」
「喧嘩売ってんのかな!?」
「少し声のボリューム落としてください。恥ずかしいので」


彼の言う通り、私の論文は有難いことに世間で高く評価され、望んだ訳では無いけれど警察から協力の申し出が来ているほど。腐っても専門家。まぁ、やって来るのは先日の通り、私の話なんて聞かない奴らばかりだけど。真面目に私の話を聞こうとするのは、たまに会う冴と、冴の紹介で知り合ったこの明智青年くらいのものだ。未成年に褒められて浮き足立つなんて、柄じゃないけど。
顔を貶され今すぐ鏡を見たい衝動を抑えながら、彼に手を引かれたままじゃずじんの入り口まで帰ってきて、彼は漸く私の手を離した。寒いし、中に入っていたらどうですか。彼の言葉に素直に頷く。


「ひまつぶし、ありがとね」
「こちらこそご馳走様でした。楽しんで」
「うん、また」
「はい、また」


彼の背を見送ると、同時に此方に向かって小走りで近寄って来る女性の姿。ああ、待ち合わせていた彼女だ。ナイスタイミング。手を振って彼女を迎えると、遠くなった彼の姿が少しだけ振り返った気がした。




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