「私ばっかり必死みたいでやだ」


私の前を歩く君の背中にそう吐きかけた。少しだけ速度を落とした君は遂に立ち止まって、振り返った。私を見つめる彼の目は真っすぐだった。

いつだって危険の中に飛び込んで行くような、それでいてそのスリルを楽しんでいるような、それはもう性格というより体質というより…本能のような。そんな何かで君は生きている。君の隣にいる私はいつもそれについていくのに精一杯で、でも君は私を置いていこうとなんてしてくれない、立ち止まろうものなら手を引いて連れていく。というよりもそれを望んだのは私だ。私が言った。君の傍から離れたくない、だって離れたらきっと見失ってもう二度と追いつけないと思うの。そうして私は、それを断れない優しい彼の足手まといになった。

有言実行とはよく言ったもので、彼は律儀に私との約束を守ってくれている。それでも彼の態度は釈然とした余裕を纏っていて、これは永遠に変わる様子がない。余裕、そう、余裕とか、自由とか、そういう類の、縛られないような言葉が彼には非常に似合う。
優しい彼は繋いだ手を離してくれなかった。だって、私が望んだから。だから、今、私がもう傍にいたくないとでも言えば、彼はきっと手を離してくれるだろうと思う。私にそんな余裕も、勇気も、ないけれど。


「俺の意思だよ」


繋いだ手をぐっと引かれて抱きしめられた。


「置いていったりなんかしてやらない」


私の耳元で彼の声が、響く。


「離してなんかやらない」


痛い。


「覚悟決めろよ」


涙。


「俺だって、必死だ」


臆病なのは、どっち?




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