なんだか大変なことがいろいろあったみたいだ。私にはわからない。あまり詳しいことは知らない。だけどどうも、彼は大いにこのことに関わっているようだ。タウンからログアウトできなくなったり、PKトーナメントが開催されたり、変なモンスター倒すイベントがあったり(公式は病気なのか?)その中心にいるのはいつも彼で、傍にいたはずなのに置いていかれたのが、私。
きっと、私はそれなりに傍にいたのだ、仲の良いという自信もあった。だけどいつからか、彼はとんでもなく遠い存在になった。思えばこの世界が騒がしくなってきたあたりから。一緒にいる時間、冒険する時間、メールの件数、会う日、全部減った。最近は全く会っていなかった気がする。だって受信ボックスに常にいた彼の名前は消えて、声も忘れてしまった。
大変だったのだ。彼は私の知らないところでたくさん頑張っていた。そして守った。大部分は知らないけど、みんななんとなく思っていること。彼は私のいないところでどんどん変わっていった。もう以前の彼じゃない。
置いていかれた。私だって馬鹿じゃない。彼が話してこないことは、無理には聞かなかった。でもそれがいけなかったのだろうか?彼はいつまでたっても何も話してはくれなかった。彼は、私を必要としていなかった。何が起きたのか、何が起きても、私がいなくても解決してしまった。私はいらなかった。
「何で逃げるんだよ」
久しぶりにタウンでハセヲと出くわした私は踵を返して、逃げた。「オイ待て、ナマエっ」ハセヲはものすごい勢いで追いかけてきた。行き止まりの裏路地で腕を掴まれて逃亡劇はあっけなく終了することになる。
ハセヲの声はこんなだっただろうか。PCは姿が変わりすぎていて、一瞬分からなかった。ああ。彼が私の顔を覗き込んでいる。こんな近くにハセヲがいる。こんな、近くに。
置いていかれた。彼はとても強くなっていた。私の知らない、仲間も、きっとたくさんできたんだね。目頭が熱くなる。私はいらなかったんだね。気付いたらもう以前と変わらない世界に戻っていたけど、ハセヲは以前の面影なんてどこにもない。
「お前、泣いて…!?」
泣いている。言われて気がついた、それと同時に掴まれていた腕を振りほどいた。
私に構わないで。優しくしないで。君を待ってる仲間のところに帰ればいい。そう言いたかった。でも言葉が詰まって、うまく言えない。私は自分のことに夢中で彼の表情は見ていなかった。
彼が傍にいなくなって、寂しくて辛くて、でも泣いたことはなかった。彼の前で泣いたことだってない。だけど彼に、ハセヲに会って私はこんなにも泣いている。私はまだこんなにも彼を必要としているのに。彼はそうではないというのが。とても悔しかった。
「私には何も教えてくれなかった」
「それはっ…」
「要らないなら、捨ててよ」
「馬鹿言ってんじゃねぇ!」
泣きじゃくる私のPCを抱きしめて、言ったのだ。お前が要らないんじゃねぇ、巻き込みたくなかっただけだ、守りたかっただけだと。知ってるよ、そんなこと。ハセヲは優しい人だから、それは、誰よりも知ってる。と思っていた。私は巻き込まれたくなかったんじゃない、守ってほしかったんじゃない、何もできなくても、それでもハセヲの支えになりたかった。でももうそれは私の役目ではない。私の出番は、終わっている。
「ごめん、放ってて」
「…うん」
「もう大丈夫だから」
私はハセヲが何を考えているのかわからないのに、彼は私の考えていることがわかっているのか。これからは何処にも行かない。傍にいるから。そう言うのだ。
そうじゃなくて。ずっと、傍にいたかった。いなくならないでほしかった。私のいないところでこんなに変わってかっこよくなっちゃって、知らない間にアリーナ制覇して有名人になってたり、ファンとかいっぱいいて、自分のギルドとかも持ってて、女の子にも人気があって、なんでこんなに私を置いていくの。なんで。
彼は置いていったりしないから、そう思うなら追いつけと、言ってきた。笑っていた。胸が痛い。でもハセヲの傍にいれば、何でも出来そうな気がしてしまうから。ようやく私も抱きしめ返した。
「もう、勝手に、いなくならないで」
「…ああ」
「寂しかった、の」
「…知ってる」
きえてしまいそう(こんなにもきみはそばにいるというのに)
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