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「真琴、ひとつ頼みがあるんだが」
「私に出来ることなら」
「カードを、一枚くれないか。」
「…何の?」
「何でもいい、お前が使っていないもので構わない。此処を離れても、お前の傍にいると実感していたいんだ」


私の部屋で、真面目な顔をして何を言うかと思えばカードを一枚くれ、と。それは夜間、態々このブルー女子寮に忍び込んでまでの用事なのだろうか…。そう、まさに今その状況、まさか彼のような人がこんな行動をするなんて、まるで予想は付かなかった。そしてこんな行動をしてまで頼むことがそれか、と少し呆れてしまったのだ。卒業してまで私の傍に、だなんて本当にこの人は…物好きにも程がある。要領を得ないが、私がカードを一枚与えて、それが彼の支えとなるのならば、彼を送り出す餞別として用意するのも悪くはないか。そうして所持している全てのカードをテーブルの上にひっくり返したところで、今に至る。如何せん突然の申し出だったので、頭を悩ませているところ。事前に言ってくれれば考えておいたのに、と心の中で悪態をついた。


「見事だったわ、貴方のデュエル。」


彼は本日、卒業生代表として在校生とデュエルをする、アカデミア伝統の卒業模範デュエルを終えた。彼はアカデミアの在校生としての最後のデュエルに、一年のレッド寮、遊城十代を指名。アカデミア最強の決闘者と云われたカイザー亮の姿を目に焼き付けようと集まる在校生達に見守られ、彼らは熾烈なデュエルを繰り広げた。


「…そうか。見ていたか、俺の限界を」
「限界なんて、自分が決めているだけ」
「虚勢だな、それは。」
「…私のこと、よく分かっているのね。」
「そう言ってもらえて何よりだ」


彼は言った。あれが己の限界であると。遊城十代の全力に、繰り返しサイバーエンドを召喚し、自らのパーフェクトをもって迎え撃った彼。そうして、彼らは相打った。遊城十代の力は未完成だ、自分を上回る日がいつか来る。自分はこれ以上の力を持ちようがないから。彼はそんな事を言った。確かに、遊城十代は全く破天荒だ。彼とのデュエルの途中で、突然ご飯を食べ始めた時は呆気に取られてしまった。遊城十代、入学当初からクロノス教諭を破り、オシリスレッドに在籍しているもののデュエルの腕は学年一と自称している…というのは有名だが、その実力は本物である。以前、彼らは既にデュエルをしたことがあったようだ。その時は、彼の圧勝。だというのに、この短期間で遊城十代は、彼と相打つまでに実力を上げてきた。遊城十代は恐らく、これからもっと強くなる。…だとしても、自らの力の伸びしろを自ら断ち切るようなことを言うなんて、彼らしくないとは思った。

机に広げたカードは、どれもいまいちピンとこない。私が悩んでいる様を、彼は静かに、そして楽しそうに眺めていた。自分のことで私が思考を巡らせている、というのが彼にとって喜ばしいようだ。私は視線を彼へと向ける。


「ねぇ、」
「…どうした?」
「私、貴方と出会えてよかったと思っているわ」
「…ああ。俺もだ、真琴。」
「だから、私を支えるカードを持っていって。」


私は自らのデッキから、一枚のカードを抜いた。それは、パワー・ウォール。


「…お前が使っているカードじゃないか」
「貴方には、こんなカード必要ないだろうけれど」
「己の力を防御と変え、墓地までも手札のように操る…お前の戦術には必須だろう」
「貴方に、私の戒めに付き合ってほしいの。」


私のデュエルは、今まで貫いてきた正義によって御されている。それは勝ちに拘るということ。勝つということこそが私を支えてきた。全てに非情になり、全てに勝利する。信じるものは、道を切り開けるのは自分の力だけ───私が目指すのは、そういう場所、そういうデュエルだった。
しかし、彼と出会って、デュエルをして。彼の姿を傍で見てきて、やはり彼という人間に魅入られていた。デュエルは私とはまるで違うプレイスタイル、それなのに圧倒的な強さを持った彼。私の強さの在り方も彼のように出来たらいいのにと、いつの間にか思うようになっていた。その為には自分の強さのベクトルを変えなければと。


「私もね、貴方のように相手をリスペクトしたデュエルをしたい」
「真琴…。」
「貴方は、私の戦術を美しいと言ってくれたけれど…貴方の強さを見て、私変わりたいと思ったの。遊城十代とデュエルをしている時の貴方、とてもいい顔をしていた。…私も貴方にそんな顔させてみたいと思って。」
「…フフ」


彼はいつだって相手をリスペクトし、相手の二歩も三歩も先を行く戦術で適切に、冷静に盤面を対処していく。だからこそ、彼の瞳に“楽しさ”という感情だけで満ちた熱というものは今までなかった。それを引き出したのは、遊城十代だった。今の私には、決して彼のあの表情を引き出すことは出来ない。いや、他の誰にだって出来ないのかもしれない。そう考えれば、ほんの少し遊城十代に嫉妬してしまう。それにしても、彼らのデュエルは、本当に素晴らしいものだった。
あのデュエルは、強さというものは決して一つの形ではないと、私にそう気付かせた。だから。


「相手を、…カードを大切に。貴方にとっては息をするのと同じような事だろうけれど、…貴方は私の心の支えだから、これを預ける。…貴方も忘れないで、自分が私を支えていること。」
「…俺は、お前が好きだ。」
「……貴方、話の流れをきちんと理解してる?」
「すまない。伝えたくなってしまった。」


私が唇を尖らせれば、彼は笑った。今まで私は自身の考えを、こんな風に彼に伝えたことはなかった。此処で彼と共に多くの時間を過ごしてきたけれど、流石に心の内を吐露するのは気恥ずかしい。しかし此処で共に過ごす最後の時間と思えば致し方ないと、思いを伝えようとしているというのに…折角の私の独白を遮るだなんて。相も変わらず、我が道を行く、彼らしいけれど。私に差し出されたカードを受け取り、彼は頷いた。いつも彼のペースに飲まれて、何だか悔しいばかり。たまには仕返ししても、罰は当たらないだろう。私は徐ろに彼の手を取り、そして視線を合わせて。


「私も好きよ。…亮」
「っ、…真琴、」
「伝えたくなったの。」


私の言葉を聞いて、彼は瞳を丸くした。如何してそんな顔をするの、と問えばお前がそんな事を言うとは、なんて返される。…確かに、まさか自分が彼に対してこんな感情を抱くなんて、初めて会った時には思いもしなかったけれど。勝手に近付いてきて、勝手に甘やかして。私の価値観まで変えてしまうなんて、本当に食えない人。…でも、心から尊敬する人。そうしていつの間にか、私の傍に居てくれる彼を、失いたくないと思っている自分がいた。彼に伝えた言葉を頭の中で思い返せば、羞恥に襲われ熱くなる頬が、彼の眼前に晒される。すると彼の掌が、私の頬を優しく包んだ。自然と瞼を伏せると、前髪が触れ合い、静かに唇が重なった。


「…お前の想い、持っていく。」
「…そうして。私もすぐ、貴方に追いついてみせるから」
「フ、次のデュエルが楽しみだな。」
「うん、…待っていて。」


なんて狡い微笑みなのだろう。脳の端でそんなことを考えているうち、もう一度彼から唇を合わせられていた。


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