3.5


海の見える高台で、木陰に腰掛けて一息。心地の良い風に髪が揺られている。手にしたドローパンに齧り付けば、中身はローストビーフ。冴え渡るドローセンスは、本日は彼のもの。
こうして過ごす緩やかなお昼休み…に限らず、私の安らぎのひと時は、いつしか一人で過ごすことは殆どなくなっていた。当然といった表情で私の隣を陣取る彼は、片手の参考書に視線を落としたまま、片手のドローパンを齧っている。中身は黄金のたまご、唯一のそれはどうやら彼がいただいたようだ。


「美味いか?」
「うん、流石ね。貴方に任せてよかったわ」
「フ。それは何よりだ」


私の明るい声に、彼が柔く笑む。先日の件で、私に多大な心配をかけたことを詫びたいのだと言ってきかない彼が、どうしてもと騒ぐもので、こうして本日お昼ご飯をご馳走になったというわけだ。…あの時彼を失っていれば、こんな優しい時間も訪れはしなかった。そう考えればまた私の胸中をじわり、何かが沁み蝕む。それにしたって私も、動揺していたとはいえ人前でみっともなく彼に縋りつくなんて…よく知りもしない私のことを好きだと言った彼を、否定できないじゃないか、と今更ながら悔しい気持ちになってしまった。再びパンに齧り付き、ちらりと彼の表情を伺えば、未だそこに笑みは在り。


「そういえば、吹雪が目を覚ました。」
「…貴方が探していた人。よかったね」
「ああ。…これで心置きなく卒業できる」


彼は行方不明になっていた友人、天上院吹雪さん…天上院明日香、彼女の兄を漸く取り戻したようだ。詳しくは聞かないが、どうやら今回の一件が大いに関係しているとのこと。吹雪さんは、彼を己と対等に扱い接してくれる、数少ない大事な友人だそうだ。吹雪さんの居ないアカデミア、取り巻きは居れど明日香や私が現れなければ、自分は未だに孤独であったかもしれないと彼は呟いた。
吹雪や明日香、それから世話になっている友人達にお前の事を紹介しておこうか、と彼が言う。彼は自分が卒業した後、私を独りにしないようにと気を使っているのだろう。…余計なお世話だと言っても、どうせ聞きはしないのだろうが。別に彼以外必要ないと言っている訳ではない、断じて。パンを食べ切って袋をくしゃり、握って不満気な顔を見せてやる。


「私、大人数で騒ぐの、苦手よ」
「俺もだ。…だが、やってみれば案外悪くないものだった」
「そういうものかしら。まぁ、相手がいないだけかもね。そう考えれば光栄な事だわ」
「…やはりやめておくか、お前は俺だけのものだ。」
「…どちらでも構わないけど、そういう事を言って回るのはやめてね。」


先程まで上機嫌だった彼が急に眉を顰めてしまったものだから、何だか可笑しくなってしまった。私が小さく笑い声を上げれば、彼の指が私の髪をするりと撫でる。お前の笑顔が好きだ。そう一言零しながら。


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