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「真琴、おはよう。荷物を持とう。」
「い、いいわよこれくらい…」
「それくらいさせてくれ。俺の顔が立たん」
「…必要ないって言っているのに」


彼と出会って、暫く経った。あれから彼は隙あらば私の目の前に現れて、私の世話を焼くようになっていた。幸いと言っていいものか、元々交友関係は広くない…いや無いに等しい私には、この事態により困惑させるような友人はいない。天上院明日香に勝利してからというもの、更に周りから距離を取られるようになっていた。彼の奇想天外な行動に振り回されているのは、私だけだ。
俺達だけのデュエルにしよう。彼にけしかけられ密やかに行われたあのデュエルは、言葉の通りその結末は私と彼のみが知るものとなった。あのデュエルのことを彼は決して周囲に口外せずにいたし、それは私も同じだった。しかし、今のこれは傍から見れば彼が私に尽くしている風だ。それを目にした生徒達はこう考えた。カイザーとあの女子生徒のデュエルは知らないところで行われていたのだ。そしてその勝者は、あの女子生徒なのだと。


「貴方、…散々な言われ様よ。私に付き纏うの、止めた方がいいと思うけど」
「構うものか。俺は真琴と共に時間を過ごしたいんだ。…お前が嫌ならば、話は別だが。」
「…物好きね、貴方。」
「亮だ。丸藤亮」
「だから、知ってるってば。」
「呼ばれないから、聞いていなかったのかと思ったんだ」
「…意地悪。」
「しかし、お前も巻き込んでしまったようだな。考えが及ばず、すまなかった」
「そこは気にしてないわ。」


皇帝、カイザー亮。アカデミア生徒の中でも、彼という人物は群を抜いている。座学も、デュエルも、圧倒的な成績を残し他を寄せ付ける隙など無い。結果、彼は学園の帝王と称され…周囲はそんな彼には近寄りがたい、と一線を置いた訳だ。勿論彼には所謂取り巻きといえる存在や、天上院明日香など一部懇意にしている友人が居るようだから、全く同じと括るには申し訳ないが…周囲から距離を置かれているという点では、彼は私と似た状況といえる。
女帝、エンプレス真琴。最近私は生徒達の間でそう呼ばれ出しているようだ。カイザーの隣に居るから、エンプレス。単純な表現ではある。しかし、私にはそんな風に呼ばれるだけの風格は伴っていない。…そのうち噂は止むだろうに、彼がずっと私の傍に居るものだから、なかなか鎮火せずにいる。相変わらず彼の考えていることは、よく分からないまま。


「真琴のデュエルに魅了されてしまったんだ。」
「…よく言うわ。私のデュエル、綺麗じゃないのに」
「そんなことはない。お前の戦略は美しい。」


どうやら彼は、私のデュエルが気に入ったらしい。しかし私のデュエルは、殆ど力技だ。相手の盤面を荒らし、相手の喉元へ食らいつく、深海の牙…その傷痕は酷く醜い。私はデュエルしていると、度々自分を見失うほどに高揚する。コンボが決まるかどうか分からないとき。相手の伏せに妨害されるかもしれない、手札誘発があるかもしれない。でも、このターンで勝つかもしれない。そんな場面に出くわすと、胸がどくどく、高鳴って。色々思考を巡らせているうちに、指が震えて、息が荒くなって。あれは、快感とでもいうのだろうか。そんな波に襲われて、我を忘れて、相手を殴りに殴る。全て破壊し尽くす。そんな残忍なシーンを見たら、人なんて離れていくのは当然。
私のデュエルはそれでいい。他に認めてもらわずとも構わない、力で黙らせればいい、そうやって生きてきた。強さこそが、勝つことこそが正義だから。私には辿り着かなければならない場所がある。そこに到達する為に勝たなければいけないのだ、…独りよがりでも良かった、私の正義を証明することが出来れば、何でも。しかし、彼は私を肯定した。畏怖こそされど、あんなデュエルを美しいだのとそんな風に表現されたのは初めてだった。彼の感性を疑う。
目指すべき、その場所への旅路…このデッキを手にした時からずっと独りで闘ってきた。それなのに、人に受け入れられる温かさを、彼が私に教えてしまった。もし彼が居なくなったら、果たして私は一人で生きていけるのだろうか。そんな事を考えてしまう程に、彼は私を甘やかしていた。

少なくとも、彼は私より先にこの学園を卒業していく。


「俺はプロの世界に行くつもりだ。」
「そうでしょうね。貴方はその道に進む為生まれてきたような人だもの」
「真琴は、この学園を卒業したら、どうするんだ。」
「…私は、私の闘いが出来る場所へ行くわ。」
「俺と同じ、ということか?」
「…そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。」


私は彼を仰ぎ見る。私はこの三年間の間に、この学園で何を学ぶのだろう。きっと何かを得るだけじゃない、何かを捨てることもある。今の私には、何も予測出来ないけれど。
プロの世界に行くという事は、私の勝利の体現、正義の証明、それらを示すひとつの形でもある。旅路の終着点に至る為の無数の可能性、もしその道を選ぶとしたら、奇しくも彼と同じ舞台を目指すという訳だ。私の言葉を聞いて彼は少しだけ笑った。真琴らしいな、と。その言葉は、まるで私のことを良く知っているみたいじゃないかと、胸中を騒がせた。


「待っている。」
「え…?」
「プロの世界で、お前を。」
「…好きにしたらいいよ、約束はしない。」
「真琴が、己の闘いの舞台に到達した時、また闘おう。」
「…本当に、人の話を聞かない人ね。」
「それまでは、お前とのデュエルはあの一戦のみ。その記憶だけを、俺の支えにしておく」


…彼は私に酷く優しい。そうしてその優しさで、私をすっかり包み込んでしまった。私は彼の心の孤独を拭う存在となったらしい。…それは私にとっても同じだ。人と居ることは温かい。彼の隣にいると心が安らぐ。私と同じであまり多くを語る人ではないけれど、二人の間へ流れる空気に安堵している自分がいたのだ。本当に食えない人だ。私が一番欲しかったものを、あっけらかんと与えてしまったのだから。


「勝手に近付いてきて、離れていくのね。」
「…離れたい訳ないだろう。」
「ふふ、また、平気でそういう事を言う」
「もっと、真琴のことを知りたい。俺はまだお前の深淵の一部を垣間見たに過ぎないのだろう。暴いてみたい、お前の本性を」
「…変な人。もっと醜いところを見たいなんて」
「…お前が、好きだ。」


その言葉にふと、彼の瞳を見た。驚きよりも、呆れのような感情。確かにここのところ、ずっと彼と時間を過ごしていたのだけれど。あの日、彼とのデュエルで私はいつも通りのデュエルをした。彼に私の狂気を見せた、彼に狂気を当てたのだ。それなのに彼はそんな事を言う。まだ知り合ってから間もない、よく知りもしない私のことを好きだと。彼は誰彼構わずこういった言葉を投げかけるような人ではないだろうが…しかし、如何してと問うことはしないでいた。彼は人の話を聞かないというのは重々承知しているつもりだし、…何より悪い気はしなかったから。私の表情を見遣る彼は、温かな笑みを浮かべて。


「急ぎはしないが、いい返事を期待している。」


全く、本日も健在だ。


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