17


「此処は任せろ。この世界に来て、まだ碌な決闘者と闘っていなくてな…丁度運動不足だったところだ。」
「亮、」
「先に行け、真琴。すぐに後を追う。必ずオブライエンを十代の元へ」
「…分かったわ。エド、」
「ああ、行くぞ。」


場所は覇王城。情報収集は成果を上げたようだ。思った通り、覇王軍の大半は城外で出撃の準備を整えており、私達が潜入した時は城内の警備は驚くほどに手薄だった。残っていたのは、覇王の側近を名乗るモンスターが数体。最初の一体は亮が、次の二体は私とエドのタッグが迎え撃ち、オブライエンを城の頂上へと送り出した。彼ほどの人なら覇王の真実を暴き、十代を取り戻してくれる筈だ。


「トラップ発動、ブラッド・カウンター!D-フォース発動中、相手モンスターの攻撃力を半分にし、Bloo-Dの攻撃力を1500アップ!」
「これで終わりよ。…流石ね、エド」
「君の作戦が功を奏したんだ、真琴」
「…此方も片付いていたか。」
「亮!良かった、無事で」
「造作も無い。行くぞ」


早急に雑魚を片付け、私達が揃って城の頂上に辿り着いたとき、そこではオブライエンがデュエルをしていた。相手は、私達が追いかけてきた…覇王。重苦しい気が漂う中、鎧を来た覇王、晒された顔は間違いなく十代、その人だった。心の闇に堕ち、孤独こそが真実だと、心の闇には誰にも立ち入ることは出来ないと覇王は言う。その言葉に強く奥歯を噛み締めると、隣の亮が私の肩を叩いた。…そうだ、そんなことはない、私が此処に居る事がその証。十代、…私が小さく彼を呼んだ声は、暴風に紛れて掻き消えた。

その時だった。翔君と共に居たおじゃまイエローが、ヨハンは生きている、と言ったのだ。その言葉を聞いた覇王は僅かに眉を動かしたように見えた。

超融合という融合カードでマリシャス・デビルを召喚した覇王、それに立ち向かったオブライエンのヴォルカニック・デビル。攻撃力は及ばなかったものの、オブライエンの墓地に置かれていたヴォルカニック・カウンターの効果で、バトル時両者が同じダメージを負った。その結果、オブライエンと覇王のライフは同時に尽き、…オブライエンだけが私達の目の前で消滅していった。残った十代に駆け寄り声を掛けるが、どうやら気を失っているようだ。このデュエルで、恐らく十代の中の覇王は消え去った。次に目を覚ました時には、私達の知っている彼に再び会える。…今はそう信じるしかなかった。


「覇王は死んだ!直ちに此処から立ち去れ!!」


亮は覇王城の頂上から眼下の軍隊にそう言い放つと、覇王の付けていた兜を放る。騒めく彼の配下達を尻目に、私達は気を失った十代を連れて覇王城を離脱したのだった。

そうして遠くの地に逃げてきた私達。そこで目を覚ました十代は、激しく自身を批難し項垂れた。どうやら自分が覇王となって行動していた時の全ての記憶があるようだ。ふらつく十代の額に掌を添えると、燃えるように熱い…。治療する術も無く、ただただ横たわらせた彼を見ていることしか出来なかった。
先程有耶無耶になってしまっていた、おじゃまイエローのヨハンは生きていると言った言葉についてエドが問い質す。すると彼は本当に見たのだと言って騒いだのだ。本当に、ヨハンは、まだ生きているのだろうか、この世界の何処かで。


「超融合…一体このカードは?以前の十代のデッキにはなかったカードだ」
「覇王十代、か…一度対戦してみてもよかったな」
「亮。やめて…笑えないわ」
「…俺は最高のデュエル、最高の勝利を得る為に此処に来た。相手が誰であろうと関係ない」
「成程。ヨハンを、十代や真琴の友を救う為じゃなかったのか」
「…ほんと、最低。」
「だが…僕には借りがある。十代は僕の友を救ってくれた。今度は僕が十代の手助けをする番だ。それが…友達だと、僕は思っている」
「エド…」
「君もだ、真琴。」
「…私?」


エドの発言の意味を理解する前に、クロノス教諭、そしてエコーと名乗る女性が合流した。彼らはアカデミアに再び現れた特異点に飲み込まれ、此方の世界へとやってきたようだ。エコーは、アカデミア分校からの転校生であるアモンの側近ともいえる存在で、消息不明となっている彼の身を案じていた。そう、アモンはヨハンと同じく、あの異次元世界から帰還しなかった生徒、その一人でもあった。だがエコーは、アモンを元の世界に連れ戻したい、とは考えていないようだった。薄情だとは思うけれど、その真意には正直興味がない。ヨハンが無事であると分かった今、彼女と共に行動することは無いと思ったのだ。しかし、…何故だかエドは親身に彼女に寄り添っていた。

───突如、霧が撒く。只ならぬ雰囲気に飲み込まれた私達に緊張が走る。そんな私達の目の前に現れたのは、たった今話題に上がったばかりの、アモンであった。その様子は、全く普通ではない。アモンは私達の掛ける言葉になど耳を貸さず、真っ直ぐにエコーを見つめ自分と共に来るようにと言う。生贄になれと、その命を差し出せと。それを聞いてなおエコーが彼の元へと歩み出すと、エドはそれを制した。そしてあろうことか、エコーを連れて行きたいのなら自分とデュエルをしろとけしかけたのだ。私は思わずデュエルディスクを構えたエドの腕を掴んだ。エドとエコーは、以前から面識があったわけではない。なのに、どうしてそこまでしてアモンに立ち向かおうとするのだろう。それにこの世界でデュエルをするということが、どういう意味を持つのか…彼が知らない筈ないというのに。


「エド。やめて、こんなところでデュエルするなんて…さっき言ったばかりじゃない、貴方は十代の手助けをするんでしょ?」
「…真琴。まさか君は、僕が負けると思っているのか?」
「そういうことじゃない、…ごめん、言い方は悪いけれど、どうして彼女の為に貴方が身を張るの」
「フ、…成程、他の女の為に闘うなと?そう熱くならなくても、僕の特別は君だけだ」
「エド!!私は真剣に…!」


エドは微笑を湛え、必死になる私を軽くあしらった後、私の耳元に口を寄せ小さな声で囁いた。君と彼女はどこか似ている、と。


「僕は君の幸せを願っている。君の、亮に寄り添う姿…エコーを見ていると、どうも重なってしまってね。亮は君を深く愛しているが、…あの男は違うだろう。エコーの想いを搾取しているだけだ。僕には、彼女を見過ごせそうに無い」
「…駄目ね、そんな理由なら私が闘う。漸くヨハンへの希望が見えたところじゃない、それなのに…貴方がいなくちゃ、私、」
「笑えない冗談は止してくれ、君に守られるほど柔じゃない。……全く、まさか君がここまで僕に執着するとはね。嬉しい誤算ではあるが、…先程から亮の視線が痛くて堪らないな。」
「…エド、こんな…嫌よ、…薄情な貴方のままでいて、お願い…」
「…真琴、君はヨハンの元へ、必ず。…亮、」
「ああ、…どの道奴は碌な事を考えていないだろう、敵対する意志があるというのなら此処で潰しておけ。」
「分かっているさ。…言うまでもないことだろうが、僕に万が一のことがあっても、君達は先に進んでくれ。」
「…お前らしくもない。さっさと殺せ」
「ははっ、相変わらず物騒だ。」
「エド…!!待ってっ!!」
「真琴。此奴がこんな所で負ける筈がないだろう。…落ち着け」


エドは私達から距離を取り、アモンと対峙する。咄嗟にエドへと伸ばした手は亮に掴まれた。両者のデュエルディスクが展開され、遂にデュエルが開始されようとしている。皆の緊迫した息遣いが、空気を伝い肌で感じられた。
亮の言う通り…エドが負ける筈がない、そんなことは分かっている。決して彼を信じていない訳ではない。しかし、自らこの世界に留まっていたというアモンが何を考え、何の為にエコーを欲しているのか皆目見当もつかない。挙句、エドとのデュエルを拒む仕草もないのだから、私達と完全に敵対する意志があるということだ。私は彼という人物がどういったものなのかを毛ほども知らない、それ故に積もる彼への底知れぬ不信感に、心がざわついて仕方なかった。

私は亮と出会ってから、随分揺らぎやすくなったと思う。人間味が増したといえばそうだろうか。ぐらつく感情を、心を、自分自身で上手く制御できていない自覚はあった。その結果、周囲にみっともなく縋ってしまうのだ。それでも、気付けばいつも傍に居てくれた、支えてくれていた、…私の大切な人。ヨハンも未だ取り戻せず、…エドまで居なくなってしまったら、私は…果たして私という存在を保つことが出来るのだろうか。なんて、彼が命を懸けて闘う最中己の保身を考えているのだから、なんて浅ましい人間なのだと嘲笑せざるを得なかった。そんな私の心中を察したように、エドは背を向けたまま私の名前を呼び、こう続けたのだ。


「僕は君の言葉に救われた。…今も、…そしてこれからも。君は確かに、僕の支えだ。」


彼への思いは、度を越えて憎しみにさえなりそうだった。


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