15.5


「時間がない、…か」
「…真琴?」


この世界に辿り着いてから暫く森を彷徨い続けてきた私達は、たまたま森の中で見つけた洋館に活動拠点を移していた。エドは周囲を見回ると言って出かけていったところ。亮が私の肩を叩いて、私はキッチンで食材を並べたまま無意識に言葉を零していた事に気付いた。時間がない、と。


「真琴。君は他者との距離の取り方が下手すぎる。」
「……悪口?」
「そんなようなものだ。今まで一人きりだったからというのもあるだろうか…元々感じてはいたが、君は心を開いた相手にはとことん近くに寄るだろう。…男というのは馬鹿な生き物だからな。それだけで勘違いをする奴もいる。」
「…え、」
「無意識だろうが、パートナーがいる身であまり関心できた事ではない。君も友人の命は惜しいだろう。そんな暇があるなら亮に構ってやるんだな」
「そんなつもりは…。というか、私が構ってほしいくらいなんだけど…」
「………それは本人に言ったらどうだ。」
「い、言えるわけないでしょ」
「何故。」
「何故、って……恥ずかしいじゃない、そんなの…」
「…甘いな、真琴。時間は有限だ。」


再会してからというもの、時折亮は自身の胸元を強く押さえ、苦しそうに表情を歪めていることがあった。彼自身の口から聞くまで追求しないつもりではあるが、彼が度々呟いている言葉、…“時間がない”というそれが、どうもうまく嚥下できないでいる。


「何か考え込んでいたようだが」
「あ、…ええ。大丈夫」
「……エドは?」
「少し遠くの方まで見回りに行くと言っていたわ」
「…そうか。…何か手伝うか?」
「えっ?、と…大丈夫よ。ご飯、すぐ作っちゃうね」


「少し亮に対して素直になってみたらどうだ」
「そんなに捻くれてる?私…」
「亮だって君のような愛らしい恋人がいれば、悪い虫が近寄らないかと気が気じゃないだろう。」
「…貴方も、それ…無意識で言っているなら気を付けた方がいいよ。勘違いする子もいるわ」
「僕は君以外には言わない。」
「それもどうかと思うけど…」
「…まぁ、仕方がないから僕は暫く出掛けてくる」
「ちょ、っと…エド?」
「いいか、僕は暫く出掛けてくると言った。今度は邪魔をしない」
「!な、なに言って…」
「ごゆっくり。」


「…真琴。」
「…あ」
「手が止まっている。やはり何かあるだろう。」
「う、」


再び物思いに耽っていた私の両頬は彼の掌に包まれて、ぐいと顔を上へ向けられる。気付くと目の前に彼の顔が、そしてその視線に貫かれて。…こうなった彼は、きっとこの胸中を晒すまで私を解放してくれないだろう。互いに、互いが頑固であることは承知している。…私は視線を泳がせながら、少しずつ言葉を吐き出す。


「あ、の…」
「…。」
「エドが、」
「…エドがどうした」
「私が…その。亮に対して、素直じゃないって…」
「…?」
「だ、から…何ていうか…」
「ああ」
「たまには思うままに行動するのもいいかも……とか…」
「…成程」
「嘘、待って。今の忘」


忘れて。…そう続ける前に、亮の唇が私の唇に重なっていた。突然の事に自分の心臓の音が耳元で鳴っているのではないかと思うほど、煩く騒いでいる。柔い感触がゆっくりと離れて、再び視線が絡んだ。


「……そういうこと」
「…だろうな。」
「あの、……皆、本当に死んでしまったと、思う?」
「そう簡単に命を取られるような面々ではないとは思うが」
「……うん」
「この目で見ていない。まだ不明瞭だ」
「私…もし明日貴方がいなくなってしまったら、…」
「生きられない。とでも言うのなら、その時は俺がお前を殺してやる。」
「…本当に物騒ね」


薄く笑った彼が、私の唇を舐めた。それを合図に私は口を僅かに開いて、そこに彼の舌が滑り込んで。触れ合う舌が絡んで、言葉にならない声が頭の先から抜けていく。彼の両腕が私の背に回り腰を抱き、…私は手持無沙汰で彼の胸元へ手を添えるだけ。上顎を彼の舌が撫でていくと、ぞくぞくと背筋を這う、快感。眉を顰めて、吐息を交換する。次第に酸素が足りないと嘆く肺、…彼の胸を押し抵抗すれば逆に強く抱きすくめられてしまうので、観念するより他にない。


「ふ、…」
「何を嗾けられたか知らんが…」
「ん、…りょ、う…、」
「…煽るな。」
「…ふふ」
「言ってみろ。…お前は如何したい。」


今、この人の瞳には私しか映っていない。それが私に大変な幸福感を与えていた。


「りょ、う、ちょっと待っ」
「待たん」
「っ!んん、っん」


今だけでも不安を払いたかった。エドに与えられた時間、素直になれと言われた私が望んだのは、彼の我儘をきくということ。思えば私はいつだって彼に縋って、駄々を捏ねて、甘えさせてもらってばかりだから。彼の望みを聞いても、お前を手中に収めていればそれでいいだのと言ってそれ以上のことを語らない。

私は亮に与えてもらってばかりで、貴方へ何も返すことが出来ない。だから。

そう伝えると、亮は私を抱え上げさっさと自室として使っている部屋に運び込み、雑に私をベッドへ放り投げた。息付く暇なく私の骨盤の上へと馬乗りになる彼が、それはもう熱を孕んだ視線を落としてくるものだから、最早観念するしかない。此処から脱出する手立てなどないと。噛み付くような勢いで唇を合わせられ、彼の指が私の身体の線を丁寧に辿っていく。その感触にいちいち跳ねる身体が疎ましい。次第に彼の唇は私の首筋へと降り、幾度ときつく吸い付き、時折それこそ噛み付いているのではと思うほどに歯が立てられる。…食べられてしまうと、錯覚する。痕が残るならせめて見えない位置にしてほしい、等と切に願いながら彼の髪に指を通し、梳くように撫でた。すると彼は縋るように、私の肩口に顔を埋める。


「…俺には、…お前だけが、」
「りょ、う…?」
「生も死も、何物にも…俺達を分かつ事は出来やしないと、…そう確証を得られるのなら」
「……私が、どれだけ貴方に執着しているか知ってるでしょ。一体何を心配しているの?」
「…心強いな」


湿った声で言葉を吐く亮の髪へと口付けると、彼は安心したように息を吐いた。


「ねぇ、やっぱり私、他の人と近付きすぎている?」
「…何だ、突然」
「私そういうのに疎いみたい、で。どう思う?教えて」
「……時折殺意は湧く。」
「…何だか可愛いわ、亮」
「逆の立場になってみろ、お前ならどう考える」
「……………そんな貴方を見たくないと、何処か遠くへ行ってしまうかも」
「そうなれば、俺は例え地獄の果てまでも追いかけるだろうがな」
「ふふ、貴方も大概ね。逃がさないようにしておいて」
「……その忠告は的を得ているか」
「…、亮?」
「まさか、これで終わるとは思っていないだろう?」
「ぅ、……」


いつの間にか私の脚の間に身体を割り入った亮の、無骨な指先が太腿の裏を悩ましく撫で上げる。思わず喉がひくりと鳴って、それを見た彼に笑われる始末だ。羞恥から彼の名を呼ぶ唇が震える。上体を起こした彼を見上げると、その表情は幾分緩い。つられて微笑む間もなく彼が舌なめずりなんかをしてみせたものだから、私の頬は更に熱くなってしまった訳だが。


「真琴、俺は…お前が欲しい。」
「…貴方が欲しいというのなら、私は何だってあげるわよ」
「…だろうな。だから」


返すことが出来ないという言葉は否定させてもらう。彼の言葉はそう続いた。

時間は有限だ。エドの言葉が脳内で響く。命の終わりがある限り、彼との時は永遠にならない。それは明日にだって終わりを迎えるかもしれない。その日を泣いて待つよりも、一瞬を大事に過ごした方が賢いだろう。…そう思うのは彼が、自身が迎えるその日が近いということを知っていると、私の勘が騒ぐからだ。眦に溜まる涙はきっと、悲しみからくるものではない。


「…好き。私、貴方が好きよ。自分を見失うくらいに」
「…ああ、…その言葉が、俺の全てを構築しているんだろう。」
「私ばかりが貴方を求めていると思わせないで。もっと貪欲になって、…私が全部受け止めるから」
「フ、…随分余裕があるようだな。」
「………手加減はしてよ…?」
「…善処する」


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