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「お膳立てしておいて、お楽しみの所すまなかった。」
「さて、何のことかしらね」
「君らしくもない、襟が乱れているぞ。」
「っ!?」
「冗談だ。」
「………!!、エドっ!!貴方って人は…!!!」


その後、すぐにエドから連絡を受けた。どうやら再び異世界へ通ずる特異点が、この学園に出現するという予測がされているということ。私は亮と共に、エドに指示された現場へ向かった。
その場所に着く頃には、特異点は既に出現していた。空間の歪み。此処から、またあの世界に戻ることが出来るのか、それとも。この特異点を越えた先にヨハンがいるという保証は、全くなかった。それでも…彼を取り戻せる可能性が少しでもあるのなら。十代と集まった仲間達と一緒に、身を投じずにはいられなかったという訳だ。亮やエドも、共に行くと言って聞かない。彼らの真意はどうあれ、心強いことは違いないけれど。不安の中、私達は特異点を潜るに至った。考えてみれば、この事態を引き起こしていた精霊・ユベルの執念は十代を引き寄せる、恐らく私達はヨハンの元へ辿り着けるのだろう。

しかし想定外だったのが、私と亮、そしてエドは十代達とは異なる場所に転送されてしまったということだ。彼らと連絡を取り合う術もなく、言ってしまえば同じ世界に居るのかどうかも分からない。…それに何より、以前私達が過ごしていた世界とは全く様子が違う。共通事項は、デュエルモンスターズのモンスターが具現化しているということだけ。以前の世界は、まるで砂漠のような景色が地平線の彼方まで続いている印象だった。今回の世界は、それとは全く違う。鬱蒼と広がる森、そして村、そこに暮らす人々が確かに存在し、皆が皆この世界を統治する異形の存在に怯えている。荒廃し、絶望し、重苦しい暗黒に満ちた世界。此処に、本当にヨハンがいるのだろうか…。

私達はまず、この世界で三人、生き残ることを目標とした。兎に角ヨハンの元を目指せば、何れ十代達とも会える筈だ。十代達と合流し、ヨハンを助け出す。そして元の世界に帰還するのだと。

───そうしてこの世界で数日間過ごしてきて、まず、この世界でデュエルは争いごとに使われているということが分かった。それから、この世界でデュエルに敗北することは、即ち命を失うということ。私達を異端の者とみた、恐らくこの辺りを統治しているのであろうモンスター達が何人も私達にデュエルを挑み、そして消滅していくのを目の前で見てきた。以前の世界とは明らかに異なる法則。此処はそういう世界だった。


「エド、ご飯の用意出来たよ。…亮は?」
「見回りに行くそうだ…先に頂いていよう。君の作る料理が唯一の楽しみだ。」
「料理なんて呼べる代物じゃないんだけど…。見張り、ありがとう」
「いや。…しかし、工夫をすれば食料は足りそうだな。」
「前回、一番困ったのが食料だったから。トメさんから保存の利くもの、沢山貰ってきておいたの。」
「成程な、経験者は語るということか。」


暗い森の中、火を焚いて野営の支度を整えてくれたエドと二人、温かいスープに舌鼓。遠くの森で土煙が立ち、激しい地響きに襲われるが、まぁ此方には関係のない話だと思いたいものだ…。

暫くして、亮が私達の元へ戻ってきた。肩に何かを担いでいる。その傍らには、どこか見覚えのある小さな黄色い精霊が浮いていた。火の近くに担いだものを下ろす亮、近付けば、それは翔君であるということが分かった。見た限り、何故かデッキを、デュエルディスクを持っていない。先程の土煙、それから地響きは翔君、そして何故か翔君と行動を共にしていた万丈目君の使役するモンスターであるおじゃまイエロー…彼らがデビルドーザーに襲われていた際に起きていたものだった。サイバーエンドを召喚し、デビルドーザーを退けた亮は気を失った翔君を此処へ連れて来たようだ。翔君を介抱しながら、一緒にいたおじゃまイエローに話を聞いてみる。万丈目君は?他の皆は一緒じゃないの?…するとおじゃまイエローは、大きな瞳を潤ませ、泣き叫んだ。

皆、死んでしまったのだと。

おじゃまイエローの言葉は支離滅裂だったが、端的に纏めれば、とあるモンスターと十代がデュエルをした際、万丈目君、剣山君、明日香、そして吹雪さんが人質に取られてしまった。しかし十代は彼らの命を犠牲にし、デュエルに勝利した。その後十代、それから一緒に行動していた筈のジムやオブライエンとはぐれ、翔君と共に今に至る、ということ。正直、目の前でその事態に遭遇していないから、十代は彼らを見殺しにした、だから彼らは死んだと言われても全く実感がなかった。でも、これが本当のことならもう、私の大切な友人達は、この世界には居ない…。
皆、ヨハンを救いたいだけだった。なのに、ヨハンに届く前にこうして仲間同士で傷付けあって、失って…。視線を落とした私の肩を、亮がそっと抱いた。とうとう子供のままで終わるのか。そう呟いた亮。…その言葉は、この場に居ない十代に宛てたものだろうか。アニキ、眠ったままの翔君が小さく十代を呼んでいた。

それから目を覚ました翔君にスープを手渡し、静かに火を囲む。十代の夢を見ていたんだな、亮の問い掛けに、翔君は眉を潜めた。


「翔、お前はかつて俺にデュエルを挑んできたことがあったな。俺を地獄から連れ戻すと言って」
「…うん」
「だが、今は十代の元から逃げ出そうとしている。それは、十代を失ったお前の心の隙間が…俺を失った時より大きいということだ。」


翔君に語りかける亮の言葉は、私にも沁みるものがあった。私は亮を待つと決め、それを何度も自分に言い聞かせ意志を曲げまいとしていた。しかし、彼と心が重なり合わないということのあまりの虚無感に、待つことをやめてしまおうかと幾度も考え…周囲に甘えて彼から逃げようとして。結局私は彼から離れられず、その心を見透かしていた彼の独占欲に甘んじて捕らえられてしまった訳だが。大切な人を失い、心にぽっかりと穴が空いたようだという気持ちは私にもよく分かる。そっと亮の顔を見ると、彼の掌が私の髪を撫でた。


「人によって空いた心の穴は、その人にしか埋められないのよ。少なくとも私はそうだった、だからこそ、私は今こうして此処に居る。…殆ど亮の我儘だけどね。」
「…お前を自由にさせておくと、碌なことにならんと学びを得た。俺を求めるあまり壊れかけていたからな、その見苦しさ故に手の届く範囲に置いてやっている。それだけだ」
「……強がりはもういいったら。嫉妬に狂ってたのは何処の誰?」
「減らず口は健在か…何度教え込めば俺の言うことを素直に聞く様になる。」
「いちいち煩いわね、意地を張ってないで少し黙っててよ」
「お前こそ、大人しくしていろ。」
「ははっ…真琴さん、…お兄さん。本当に、良かった。やっぱり二人は一緒に居るべきだよ。ボク、お兄さんのこんなところ見たこと無い。真琴さんじゃなきゃ、ダメなんだね」
「…翔。」
「…ふふ、翔君、漸く笑ったね」
「ありがとう、二人とも…ボクも、ボクにとって…十代との出会いは、…ねぇ、ボクは…どうすればいいのかな、」
「大丈夫だよ、翔君。自分の心の声を聞いてみて」
「…答えは、お前自身がもう決めている。」


亮は雑に私の腕を掴むと徐ろに立ち上がり、その場を後にした。翔君と一緒に行かないのかと問えば、俺達と共に行動するべきではないと言う。彼には彼のやるべきことがある、それを見付けられるのは彼自身だけなのだと。…そして亮は自らの胸元を押さえ込み、苦しそうに顔を歪め息を吐くのだった。


「……ぐ…、」
「…亮?」
「っ…、もう、時間が無い…」


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