11


「メガロアビス、ダイレクトアタック…っ!」


最近、魂を奪われるだとか、世界が滅びるだとか、そんな事態が起こりすぎて自分の感覚が麻痺しているのかもしれない。元々冷静な方だとは思うけれど、自分があまりにもこの状況に順応しすぎていると思った。全て彼らと関わるようになってからだ、…なんて笑う余裕もない。雑音を吐く通信機が足元で唸る。

デュエルアカデミアは今、学園の建物ごと異世界へと飛ばされてしまっていた。まるで作り話のようなそれだが、実際目の前で起こってしまえば否定も出来ない。此処はデュエルモンスターズのモンスターが具現化する世界。生徒達は学園内の僅かな居住空間と食料のみを頼りに、この世界から帰還する方法を探すことになった。そんな中。生徒達が何らかの影響で精神に異常をきたし、まるでゾンビのように、永遠にデュエルし続ける衝動に駆られてしまう…といった状態、デュエルゾンビへと堕ちていった。その人数は一人から二人、二人から四人と増え、今や正常なままの生徒は数えるだけ。彼らとのデュエルを受け、それに敗北すれば彼らの仲間となって正常な生徒を襲う側となる訳だ。…そして、今まさに私はその危機的状況に立たされている。
この世界に来てから負った怪我により意識を失い、重症となった生徒…早乙女レイ、彼女の治療に特殊な薬が必要であると判明し、それを十代達が調達することになった。私は鮎川先生と共に彼女に付き添い、保健室で待機していたところ。十代達が戻る前に、保健室には無数のデュエルゾンビが押しかけてきてしまったのだ。私達を守る為、鮎川先生は彼らとデュエルを繰り返し…その結果先生は私の目の前で、デュエルゾンビとなった。


「流石ねぇ、妃さん…でもまだよぉ…デュエル……デュエルしましょ……」
「先生、も、う…やめて…!!」
「うふふ、ふふっ…デュエルぅ……」


たった今、ダイレクトアタックでとどめを刺した筈の鮎川先生は、再び立ち上がりデュエルディスクを構えた。もうこれで五度目だ。デュエル終了に伴い私の腕に装着したデスベルトが光を放ち、その度に身体の力が抜けていく感覚に襲われる。私は床に膝を付き、朦朧とした意識で通信機を握った。十代、ヨハン、何処にいるの。もうこれ以上もたないわ。呼び掛けても、応答はない。ゆっくりと迫り来る無数の足音。私も、ここまでかな。こんな私を受け入れてくれた、友達の力になりたかったのだけれど。…何も役に立てなくて、ごめんね。そう呟き瞼を閉じた。

───もう一度だけでもいい、貴方に会いたかった。


「真琴っ!!!!!!」


諦めかけたその時、聞き覚えのある声が響き私の身体は強く抱き締められた。霞む視界の中顔を見上げれば、そこに居たのはヨハン。そしてデュエルディスクを構える十代の姿もあった。無事か、その言葉に小さく頷く。身体が軋むほど彼の両の腕に強く抱かれ、私も安堵から彼の背に腕を回し、力無く彼の服を掴んだ。もう大丈夫だ、よく頑張ったな。ヨハンの優しい声が鼓膜を擽る。


「ごめん…ね、先生…が、私達を守る為に…」
「どうして謝るんだ、真琴のおかげでレイも無事だぜ?」
「でも、…」
「…今は泣き言を言ってる場合じゃない。後は俺達に任せとけ。」


眩しい笑顔が私に降り注いで、ネガティブな言葉ばかり紡ぐ私の唇は動きを止める。温かな掌が、私の頬へ添えられた。お前だけは、何があっても俺が守るよ。そんな言葉を貰っては、もう涙が零れて止まらない。怖かった、一人で闘うのがこんなにも怖いなんて、今までの私なら絶対に思わなかっただろうに。助けに来てくれる人がいるということがこんなにも足元を脆くするのだと知った、…助けに来てくれたのは…。

その後、十代とヨハンの活躍により無事逃げのびた私達は、遂にこの世界から脱出する為の可能性を見出した。学園外部に設置された発電施設で、私達の元いた世界と通信を繋ぐことが出来たのだ。元いた世界では私達を救う為に様々な手立てが取られていたようで、そのうち救出チームに参加していたツヴァインシュタイン博士が立てた仮説を試すことになった。此方に来られたということは、同じ方法で帰ることも出来る筈。その道筋となった次元の裂け目を利用し、それを押し広げることで元いた世界にアカデミアごと逆順転送するという仕組み。…と、口で言っても、私には何ら理解し得ない話なのだけれど。ただその作業を実行するにあたって、莫大なエネルギーが必要になるようだ。そしてそのエネルギーを生み出すのは、究極宝玉神レインボー・ドラゴンのカードであると、博士は語った。しかし、レインボー・ドラゴン…ヨハンの宝玉獣デッキのエースたるそのカードはまだヨハンの手元にはない、何故ならこの世に存在していないからだ。そのカードは今、まさにこの瞬間にも、あのペガサス会長が直々にカード化しているところだという。完成次第そのカードを此方の世界に転送し、レインボー・ドラゴンの力で元いた世界に戻る…ということのようだ。原理の半分も理解していないところに、繋いだ通信モニターには見知った相手が映る。


『無事なのか、真琴。』
「エド…!?どうしてそこに…」
『君が危険に晒されていると聞いては、黙っていられなくてね。…そんなに安心した顔をされては、まぁ、態々スケジュールを変更してまで来た甲斐があったというものだな』
「…意地が悪いんだから。私は大丈夫、何とかね。」
『先に言っておくが、嫌な思いをさせたらすまない。』
「…え?」
『必ず君を守る。今から僕達の指示に従ってくれ』


私達は全員揃ってテニスコートへ向かうことになった。テニスコートには、丁度海馬コーポレーションから借りうけていた最先端のデュエルシステムが配置されている。元いた世界ではそれを転用し、此方と通信が出来る亜空間デュエルシステムが組まれていた。これを使用して宝玉獣の使い手であるヨハンと、元いた世界の決闘者とがデュエルをし、そこにレインボー・ドラゴンの力を合わせることで高められたデュエルエナジーは転送に必要なエネルギーを生み出すこととなるかもしれない…と博士は言う。何というか、私達はこれに従うしか道はない。
テニスコートには無数のデュエルゾンビが蔓延っており、私達はヨハンを守る為彼らと闘うことを決めた。元いた世界に戻る為、ヨハンのデュエルを、彼らに邪魔させる訳にはいかない。剣山君、オブライエンは先陣を切って彼らへ向かっていった。私も、と一歩を踏み出したところヨハンに手を取られ、真琴は此処に居てくれ、と引き止められた。その手は、熱い。


「真琴を守るのは俺だ。」
「…どうしたの、急に。ヨハンはずっと、守ってくれてるじゃない」
「…エドにばっかり格好付けさせてたまるかよ。皆が見てる前で、あんなことサラッと言っちゃってさ。…お前もアイツのこと、随分信頼してるみたいじゃないか」
「な、何言ってるのよ…もう。目を覚まさせてあげるから、歯を食いしばってくれる?」
「ちょっ、それは勘弁してくれ。でもさ、見ててほしいんだ。…真琴に、一番傍で。」


珍しく真剣な表情で、少しだけ尻窄み。…ああ、彼のこんな顔は見たことがない、少しの嫉妬と、それから緊張しているのだと容易に察しがつく。皆の命がヨハンのデュエルにかかっている、とはいえ全く柄にもないのだが。空いた片手を彼の頬へ添えて、大丈夫、ちゃんと此処に居るから。瞳を覗き込み、そう伝えると幾らか彼の肩の力が抜けた気がした。

テニスコート中央、巨大なデュエルシステム、そのモニターに映し出された元いた世界。ヨハンがその前に立ち、デュエルディスクを構えた。此処に居る全員が、ヨハンのデュエルの相手はエドかと思っていた。しかしそこに現れたのは、なんと───亮、だったのだ。画面越し、一瞬彼と視線がぶつかった。あまりにも突然のことで、私は言葉を失っていた…そして彼もまた、何も言わずに腕を組みそこに佇むばかりだった。その沈黙を切り裂いたのは、ヨハンの声。


「はは、こうなるか…まぁ、相手にとって不足はないな」
『…ヨハン、貴様の宝玉獣など、俺のサイバーダークで打ち砕いてくれる。死ぬ気で来い』
「その前に、一つ聞かせてくれよ。アンタ、何で此処に来たんだ。そんな怖い面して、後輩達の危機に一丁前に先輩風吹かせに来たとか?…んな訳ないよな。真琴のこと、聞いたからだろ」
『…答える義理はない。』
「へーぇ、…なら真琴は俺がもらうぜ。構わないな?」
『……笑わせる』
「っ…、ヨハン…!」
「…真琴、俺は絶対に負けない。俺は…真琴にそんな顔させない!!」


ヨハンはモニターから視線を外し、熱い視線で私を射抜いた。思わず呼吸が止まり、心臓がぎゅっと痛くなる。亮の目の前で、ヨハンにそう言い切られた私は果たしてこの後何と言葉を発したらいいのか、見当もつかずにいた。ヨハンと視線が絡んだままの私、…亮の顔は、見られない。ヨハンの言葉を聞いた亮は暫く押し黙り、その後にデュエルディスクを展開させていた。


『俺の持つサイバー流の力。そしてお前の持つ宝玉獣の力。この二つがぶつかる時、何が起こるのか…』
「…楽しみだぜ!ヘルカイザー亮!!」


モニターに向き直ったヨハンは、いつも通りの眩しい笑顔で。


Back




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -