9.5


小波に耳を傾け、定まらない視点で揺れる海面を呆然と眺めていた。すると私の頭上を、きらり輝くメダルが海に向けて飛んでいって、また海面に飲まれていくのが見える。咄嗟に振り返れば、そこにいたのは…エド・フェニックスだった。最近どういう訳か彼はデュエルアカデミアに編入してきていたらしいのだが、プロとしての仕事も忙しく殆ど学園には顔を出していないと聞いたし、十代達以外とは接触していないようだったから、私も彼と関わったことは無かった。突然の邂逅に私はただただ驚くばかり。瞳を丸くして彼へ視線をやれば、彼はふっと笑みを零していた。


「君も、この大会には興味が無いようだな。」
「………私に、何か用?」
「いや、此処に入学したからには、アカデミアの女帝と呼ばれた君にお目通り願おうと。ただそれだけさ。」


言い終わるや否や、仰々しく頭を下げてみせる彼。…その仕草、私を馬鹿にしているつもりなのだろうか。黙ったままの私に歩み寄り、隣に並んだ彼は海を眺める。


「僕も、こんな大会には全く興味がないのでね。気が合うなと思ったんだ。」
「…そう。」
「彼も、早々に引き上げてしまったようだな」
「…?」
「カイザー。…いや、今はヘルカイザー亮だったか。」


彼の口から飛び出してきたのは亮の名、私は思わず彼の顔を睨んだ。私の顔を見た彼には漸く表情が変わったな等と茶化され、余りに単純な自分に呆れもあり、重い溜息をついてしまった。…彼は私と亮の間に何らかの関係がある事を知っているようだ。その上で私を揶揄いに来たということだろうか。…一体何が言いたいのだ、私は彼の言葉を待っていた。すると、想像以上に静かな口調で、彼は私に問いかけてくる。


「君は、彼を止めないんだな。」
「……貴方に語る必要もないと思うけれど。…私は、彼を否定するつもりはない。」
「…ほう。」
「彼の行動思想は、かつての私そのもの。…私は彼を見失わないように、…今出来るのは、それだけよ」
「かつての君。…成程、噂通りの聡明さか。君のように賢い人間は好ましく思う。僕には関係の無い話だが、…僕が君なら、同じように言うだろうな。」


彼はどうやら私の返答が気に入ったらしい、ふと彼の笑みから毒気が失われるのを感じた。


「…貴方、そんな顔も出来るのね。」
「面と向かってそんな事を言われるのは初めてだ。…その言葉、そのまま君に返そう。」
「…私、…どんな顔をしてる?」
「先程僕を睨んだ人物と、同じ人物とは思えない。」
「…ふふ。貴方がそんなに緩く笑うものだから、つられてしまったの。」
「随分な言い様だな。僕は君につられたんだ。」


言葉の押収が一旦途切れて、思わず二人、小さく笑い声を上げた。


「君のメダルは、今海に消えていったようだが。あれひとつきりか?」
「そう。貴方もでしょう」
「ああ、…僕が此処に来た目的は、そんな事ではない。」
「…貴方も、自分の正義を貫くのね。」
「僕は、立ち止まれない。…君はこれを愚行だと笑うかもしれないがな。」
「馬鹿ね。人は皆、己の正義の為に闘っているのよ。正義を持たない人間なんていやしない、その為に闘う貴方を笑う訳が無いわ」


私の言葉に、エドはやたらと反応を示し瞳を開いていた。私が彼に亮の事を語らないように、私も彼の目的を態々問い質すような真似はしない。水面へと流れたエドの視線、その瞳が揺れているように見えたのは、煌めく波のせいか、それとも。


「大丈夫よ。」
「…何?」
「貴方なら、その正義きっと成し遂げられる。」
「ハッ…僕の事を何も知らない癖に。君に、何が分かるというんだ。」
「…何も知らないんだから、何も分からないわよ」
「……変な奴だな、君は。」


…これは、“不安”だ。彼の表情は不安に曇っている。こんな人間の表情を、私は散々間近で見てきた。そうだ、…亮の表情と重なるのだ。そしてこの言葉はきっと、私自身が一番求めている言葉。私が視線を落としたことに気付いたのか、彼はひとつ息を吐き、私に右手を差し出した。


「なら、名前くらいは知っておいてくれ。エド・フェニックスだ。」
「…巫山戯ているの?それくらい知ってるわ。…妃真琴よ」


差し出された右手に、自分の右手を重ねて。


「真琴、君は運命を信じるか?」
「…さぁ、考えたことも無いけれど。」
「はは、考えたことも無い、か。」
「…今日、貴方と出会えた事が運命だったとすれば、それは素敵な事だと思う。それくらいの印象ね」
「この出会いの行く末は、破滅かもしれない…としても?」
「なぁに、それ。悲観的な事ばかり言っていても仕方ないじゃない。貴方、結構臆病なのね」


彼はこんな言葉を求めていないだろうか。そう思っても。


「私、貴方の力になれる?」
「…っ、何を突然。」
「何か出来ることは無いかしら」
「無いな。」
「即答ね。…もう少し考えてみたらいいのに」
「…執拗いぞ。」


悪態をつきながらも、彼は柔らかく笑った。私は彼の不安を、少しでも払えただろうか。自分に言い聞かせるように放ったこの言葉で。何方ともなく離れた手、彼は私に背を向けて歩き出した。その背を見送るうち、彼は足を止め、此方を振り返った。


「“待っている”と、言ってくれないか。」


僅かに張られた声、真っ直ぐな視線。…その言葉の意味は、分からなかった。それでも彼が望むならと、そう思ったのだ。


「…待ってるわ、貴方を。…何処に行ってもいいから、ちゃんと帰ってきてね」


私の言葉を聞いた彼は、満足した様子で港から去っていった。


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