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「翔君っ!!」


保健室の扉を乱暴に開けて、すぐ目に飛び込んできたのは、ぼろぼろに傷付いた翔君がベッドに力無く横たわっている姿だった。これがデュエルをして負った傷だというのだから、その有様には思わず息を呑んだ。ベッドサイドに駆け寄ると、翔君はうっすらと瞼を開いて微笑んだ。

翔君が亮にデュエルを挑み、そして敗北したのだと…十代から連絡を受けて知った。そのデュエルは、亮自身がヘルカイザーと呼ばれるようになった要因の一つでもある、ヘルデュエル───失ったライフポイントに比例し実際のダメージが己の肉体を襲う装置、それを装着しての形式が取られたそうだ。彼は地下デュエルでその形式のデュエルを体感した。ならばと翔君は臆すことなくその条件を飲んだ…ということだ。亮の味わった苦痛を、受け止める為に。


「真琴さん、…ごめんね、ボク…」
「…ううん、それなら私も謝らないと…何の役にも立てなくて」
「そんなことないよ、…デュエルして分かったんだ。お兄さんは…真琴さんがとても大事なんだって」
「…そんな…、…」
「だって、そうじゃなければ…真琴さんのカードをデッキに入れたり、しないと思うんだよ」


翔君は静かに私を諭した。亮と闘って傷付いたのは自分なのに、私を案じてそんな事を言うのだ。翔君は本当に強くなった…亮と離れ、立ち止まって、動けなくなっているのはもう…私だけ。俯く私の瞳が涙で少し滲んだ。

自分の力で前に進んでいけると思った。勝利のみを得られればそれで良かった、それだけで私は私の目指す場所に辿り着けるのだから。でも、彼に手を取られたとき、漸く生きていると実感した。私は、彼に手を引いてもらえなければ動き出せないような人間だったのだ。信じるものは自分の力だけ、それ故に容赦なく他者を傷付けられる。それこそが自らの強さを生み出す要因だと。私は勝利を得る為ならば、…私の存在を認めてもらう為ならば他には何も要らない。他には、何も要らなかった筈なのに。
私は欲しがってしまった、彼を、彼らの温もりを。私がずっと欲しかったもの、だからこそ飢えていたのだろう。でも、それが間違ったことだとはどうしても思えなかった。私が彼と出会わなければ、彼はこの道を選ばなかった。そうしたら彼は彼の信念のもと闘い続けていた、そして私は全てに非情なまま修羅を歩んでいただろうに。そんな事を考えても、今やその歩みは逆転してしまった。その事実に変わりはない。


「亮と正面から向き合うことが出来るのは…翔君だけだと思うよ。」
「…ボクが、?…真琴さんだって、」
「ううん、私は…彼を止めないもの。…でも翔君が亮を取り戻したいと本気で願うのなら、私はお手伝いする。亮が、私と翔君達を引き合わせてくれた。彼には本当に感謝しているの、私に大事な友達をたくさん作ってくれた」
「真琴さん…」
「私、ずっと孤独だった。孤独は人の思考を縛り付ける。…私を孤独から拾い上げたのは、人の温かさを教えたのは…亮。そして翔君達。だから、」


亮は自ら望んで周囲の一切を断った。孤独は何も生み出さず、目の前には虚無が広がるばかりだというのは、私が一番よく分かっている。彼は、私こそが正しかったと言った。彼をそんな考えに導いたのは、私の存在ありきだ。それなのに、彼の苦悩を微塵も知らない私がその歩みを阻むなんて烏滸がましい。…しかし、私こそが正しいという、そのことだけは私にも否定する権利がある。
今度は私が、彼を孤独から拾い上げる。…例え彼が必要ないと言ったとしても、私の心はいつだって彼の傍に。だって最初に私にそうしたのは、彼だから。幾ら要らないと言っても、彼は私に歩み寄ってきてくれたから。そんな意志を語れば、目の前の翔君は微笑んだ。真琴さんがそう言ってくれるなら百人力だと。
私はデッキケースから、徐ろに一枚のカードを取り出す。それは?と翔君に問われ、彼にそのカードを見せた。それはタイムカプセルのカード。


「亮のカードよ」
「お兄さんの…?」
「うん、…この前、吹雪さんとデュエルした後、…」


───そう、あの時。亮は去り際に、私の肩を押し退けた。その後、私の手元にはこのカードがあった。私にこのカードを押し付け、彼は去っていったのだ。それを見た吹雪さんは首を傾げていたけれど、亮がただ落としていったというのは考えづらい。恐らく私に何かを、伝えたいが為に…このカードを残したのだろう。その意味は、分からないけれど。翔君はうーん、と考える仕草を見せた後に、閃いたと表情を明るくする。


「タイムカプセルって、発動時に宣言したカードを二ターン後、手札に加えるじゃないっすか」
「?…うん、そうね」
「何となくだけど。それってきっと、…未来の真琴さんに言いたいことがあるのかなって」
「未来の…私?」
「二ターン後の未来へ、今伝えたいこと。えっと、今も、未来も…気持ちは変わらない、ってこととか、かな?流石にちょっとクサいっすかね…はは」


未来の私へ、今の彼が伝えたいメッセージが…このカードに込められている。翔君はそう考えているようだ。どんな想いが込められているのかは分からない。はっきりとはしない表現だが、今はそれが妙に腑に落ちた。私は彼の言葉にひとつ頷き、カードをデッキに戻した。

───気付いたときには、既に亮はこの島から去っていた。吹雪さん、そして翔君と闘い、他多数の生徒を蹴散らすと、もうこの島には闘うべき相手は居ないと自身のメダルを放り捨て、再び船に乗り込んで。…私は、彼とデュエルすることすら叶わなかったけれど。私の渡したカードが、彼から受け取ったカードが、私達を繋いでいる限り…彼と、また会える筈だ。そしていつか…私も彼とデュエルが出来るだろうか。

人気の感じられない港、灯台の麓で海の風に当たって。彼は確かに此処に立っていた。…私は自分のメダルを手に、海に向かって思い切り投げた。それは存外近い場所で、あっけなく水に飲まれ沈んでいった。


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