8.5


「流石だよ、亮!このメダルは君のものだ!」


吹雪さんは明るい口調で、亮に向けて自身のメダルを放った。…だが地面に落ちたそのメダルを、あろうことか亮は、私達の目の前で無情に踏みつけたのだった。息を呑む私達に、こんなものは必要ない、俺は勝利を手にすればそれでいいと告げた彼は背を向ける。
彼は、吹雪さんの言う闇のような、所謂外的要因に捕らわれているわけではなかった。彼は己の意思で己の生き方を改めた。きっと、彼の中からリスペクトという精神が完全に消え去った訳ではない。デュエルを通して吹雪さんはそう感じたそうだ。
彼の味わった痛みも絶望も知らない私が、ただただ以前の彼に戻ってほしいなどと言うのはエゴでしかない、だからこそ私は彼を肯定するという結論を出した。彼に何を伝えたらいいのか、私はどうするべきなのか何も定まっていない。それでも私は走り出す足を止められなかった。彼の名を呼び、手を掴む。彼は振り返ることはなかったが、存外簡単に足を止めた。


「亮、……、」
「…。」
「私、は…一人にしないでって、言った、…貴方は分かったと言ってくれた」
「……真琴。」
「私の想いはもう…、その真暗に届くことはない…?」
「俺はお前から、お前の強さを奪った。」
「…違うわ、私は貴方から強さを教わった、」
「違うな。俺は絶望の淵に立ったとき、お前の正義を思い出した。勝利を体現すること。…お前こそが正しかったんだ」
「亮…」


此処にきて漸く、亮の視線が私へと落ちた。こうして直接互いを目の前に話をするのは、本当に久し振りの事だった。
私が亮から得たものは、相手、そしてカードをリスペクトする心。それは私という人間を大きく変え、デュエルをすれば負けることも増えたけれど、孤独だった私の周りには今や多くの友人がいる。私は亮によって変わった今の自分が好きだった。彼が、私を今の私へと導いてくれた。
そんな亮が辿り着いたのは、いつか私が信念としていた勝利への渇望。それこそが今の彼を支えるもの。彼は勝利のみを欲する怪物となった。デュエルにリスペクトなどという感情の入る余地はない、そう言って周囲の一切を断ち、勝利の為に彼は孤高の存在となった。


「…私のカードを、貴方が使うなんて、…思わなかった」
「俺は今や、お前の指標となるべき人間ではない。」
「そんなこと、」
「お前の正義は俺が奪い取った、ならばお前が目指していた頂点、俺が貫いてみせよう。お前が見られなかった景色を俺は見る。その為には…立ち塞がる人間は、全て潰す」
「っ…私は、貴方を否定しない。でも、貴方はこんなやり方を選ぶ必要なんてない…それは私が一番理解している筈よ」
「…。」
「私が証明してみせる、貴方が大切にしていた正義を…私とデュエルして、亮…!!」
「…お前と闘う必要は無い。」


投げ掛けた私の言葉は全て、彼に受け止められず撥ね退けられてしまった。冷たい視線が間近に突き刺さる。卒業模範デュエルで十代と闘っていたときの熱い瞳なんて、もう何処にも…面影を感じさせない。それは酷くくすんだ色。彼は私の手を振り解き、そのまま私の肩を払った。私はその場に崩れ落ちる。息が苦しい、上手く呼吸が出来ない。私と彼は、今や正義を違えた…彼の心は、もう私の元にはないのだろうか。
喉の鳴る呼吸を繰り返しているうちに、吹雪さん、次いで十代と剣山君が駆け寄ってきてくれた。亮は私の事など気にも止めず、今度こそ去っていってしまったのだった。


「真琴っ!」
「真琴先輩!!」
「真琴ちゃん、大丈夫か!?…全く亮の奴、女の子に対してなんてことをするんだ!」
「吹雪さん…、……これ」
「…?これは…」


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