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「真琴ちゃん、そんな顔しないで。」
「吹雪さん…、」
「大丈夫だよ。きっと何とかなるからさ。ほらほら、笑って」


デュエルアカデミアはジェネックス開催中。オベリスクブルーの寮は、今や何故だかホワイト寮として、エド・フェニックスのマネージャーである斎王琢磨に牛耳られている。私に良くしてくれている明日香、それから……あと、確か三沢君なんかも、まるで人が変わってしまった様に斎王琢磨を妄信し、彼に仕えている。少し前までは万丈目君もその一味であったが、十代がデュエルで彼の心を取り戻したことで、正気に戻った。…どうやら洗脳の類のようだから、妄信と表現するのは違うのかもしれないけれど。

ジェネックスにおいては、どうやら参加している決闘者達の実力はこの期間でふるいに掛けられ、より厳選、洗練されてきたようだ。私も、まだ自らのメダルは失っていない。淡々と日々のノルマをこなすだけ…勝つつもりも、ましてや闘うつもりすらない。私に寄り添う吹雪さんも、どうやらそんな調子のようだ。私は今ホワイト寮と化したブルー寮の自室には戻らず、レッド寮の、万丈目君の増設した部屋で生活している。部屋を訪ねてきた吹雪さんは私の手を取り、行くよと言って歩き出した。向かった先は、港が見下ろせる高台。


『真琴さん、実はお兄さんが…』


───亮が、アカデミアに来ている。昨晩、翔君からそう聞いた。翌日になれば、彼が船から降りてきている姿を目撃した、という噂は生徒間であっという間に広がっていた。この部屋から出てしまえば、もういつ何処で彼と出くわすかも分からない。そう考えれば、心の準備が出来ていない今は外に出るのが怖かった。彼と会っても、何を言ったらいいか分からない。…という私の気持ちなどお構い無しに、私の手を取り引きずっていく吹雪さん。高台に辿り着いたとき、その眼下、灯台の麓には黒衣を纏う亮の姿があった。画面越しではない、正しく生身の彼だ。彼は私達に気付き、此方を見上げた。その視線は以前の彼とは違う。冷たい、冷たい瞳。彼が此方に気付いたのを確認した吹雪さんは、私の手を引いて再び歩き出す。


「亮の事は、僕に任せて。」
「吹雪さん…ごめんなさい、私…」
「どうして謝るんだい?…もし亮が闇に支配されているなら、相手は僕の方が適任さ。それに、君は今まで充分に亮を支えてきた。今度は僕の番だよ」


吹雪さんは私に向けてウインクを一つ。かつて、彼はとある事象で闇の力に取り込まれ、この学園から姿を消してしまっていた。いつしか彼は、亮の魂を脅かしたあのセブンスターズの一員として…その身は闇に操られ、三幻魔のカードを求め学園に戻ってきた。しかし十代に敗北したことで、闇より救い出されたのだという。そうして無事にアカデミアへ戻ってくることができた。亮が変わってしまった原因が、自分と同じように闇の力の類だとするならば。己を闇に侵された経験は、きっと亮と闘う上で役に立つ筈だと、…そして自らを救ってくれた亮を今度は自分が救ってみせると彼は語った。
そうして吹雪さんは自然と歩みを止め、振り返る。つられて私も振り返ると、…そこには、私達を追って来た亮の姿があった。此処は、吹雪さんが十代に救い出されたという、まさにその場所。いつの間にか吹雪さんは見慣れない黒いジャケットに身を包んでいた。


「…亮。君が闇の中に居るというのなら、僕も行こう。闇の中で本当の君を見付け、二人で闇を抜け出す…その為に僕は闇の力を借り受ける!」
「…ダークネスの思念は、完全に払拭された訳では無いようだな」
「もう闇に捕らわれたりはしない、今度は…闇を操る!」
「フッ…そこまで言うのなら、裏サイバー流デッキ…その切れ味を吹雪、お前で試してやる。」


吹雪さんは、私をその背で守るように立ち、黒く邪悪な波動の宿るデッキをデュエルディスクに収めた。亮は呼称裏サイバー流デッキ、校長が言っていた、私達は未だ目にしたことのない新たな戦術の秘められたそのデッキを胸元から取り出す。二人がデュエルディスクを展開させ、デュエルが開始された。その間、私と亮の視線が混ざり合うことは一度もなかった。

吹雪さんの先行。黒竜の雛を召喚、それを墓地に送ることで手札から真紅眼の黒竜を特殊召喚。更に魔法カード黒炎弾を発動し、真紅眼の攻撃を放棄する代わりに亮にその攻撃力分、つまり2400のダメージを与えた。先行一ターン目からエースモンスターを場に出し、更に先行の攻撃は出来ないことを逆手に取った素晴らしい戦術。これで亮は後攻一ターン目を1600のライフで迎えることになる。吹雪さんはカードを一枚伏せて、亮にターンが回った。


「俺は、サイバー・ダーク・ホーンを攻撃表示で召喚する」


サイバー・ダーク…今までのサイバー流ドラゴンとは雰囲気の違う、黒銀の鎧纏うドラゴンが亮の場に現れた。このカード群が、裏サイバー流と呼ばれるものだろう。召喚時、互いの墓地に眠るレベル4以下のドラゴン族モンスターを装備し、自身を強化することが出来るようだ。吹雪さんの墓地から引きずり出された黒竜の雛がサイバー・ダーク・ホーンに取り込まれ、更に発動された巨大化の装備魔法で攻撃力は2400まで上昇。そのまま攻撃力の同じ2400である真紅眼と戦闘を行うが、吹雪さんはこの攻撃を伏せていた罠カード、攻撃の無力化で防いだ。これ通せば、サイバー・ダーク・ホーンは自身の効果で黒竜の雛を墓地へ送り戦闘破壊を免れ、真紅眼だけが破壊されていたからだろう。…亮はさして残念がることもなく、カードを一枚伏せて、ターンを終えた。
吹雪さんは神妙な面持ちで、真紅眼を生贄に真紅眼の闇竜を特殊召喚。闇竜の姿が場に現れると、突然吹雪さんが苦しみだした。…これは、かつて彼を支配していた闇の力の影響なのかもしれない。吹雪さんは亮に対抗する為、今闇の力を使役せんとしているのだろう。墓地のドラゴン族の数攻撃力を上げた闇竜は2700の打点でサイバー・ダーク・ホーンを攻撃。亮は黒竜の雛を墓地へ送り、サイバー・ダーク・ホーンを戦闘破壊から守った。吹雪さんは更に速攻魔法、超再生能力を発動し手札を一枚蓄える。
迎えた亮のターン、サイバー・ダーク・ホーンを守備表示、次いでサイバー・ダーク・エッジを召喚。ホーンと同じ効果で、今度はエッジに黒竜の雛が取り込まれた。


「サイバー・ダーク・エッジの効果発動!攻撃力を半分にすることで、相手プレイヤーに直接攻撃が出来る!」
「何っ!?」
「カウンター・バーン!!」


サイバー・ダーク・エッジは闇竜を飛び越え、吹雪さんへのダイレクトアタックを決めた。削られたのは800、それでもライフアドバンテージは吹雪さんにある。それなのに、亮は落ち着いた様子でカードを伏せるだけだった。
続く吹雪さんのターン、魔法カード、ドラゴン・ハートを発動。モンスターの召喚を放棄する代わりにデッキから三枚のモンスターカードを墓地へ送り、闇竜の攻撃力を1000上昇させる。自身の効果も相まって、闇竜の攻撃力は4600となった。ただ…闇竜の力が強まるにつれて、吹雪さんは黒い波動に捕らわれ苦しそうに呻いているのだ。私の足は、思わず彼へ二歩と寄る。


「吹雪さん…!無茶をしないで…!」
「ぐ、う、ああっ…来るな、真琴ちゃん!僕はこの闇の中から、亮…君と共に光を目指す!!僕達を導く光は、此処に在るんだ!分かっているんだろう!?」
「……。」
「僕には届いていた、君や明日香、そして十代くんという光が…君にとっての光は!真琴ちゃんに他ならない!!君を想う心から、目を逸らすな!!」


吹雪さんの強い声、それを聞いても亮は静かに唇を引き結び、吹雪さんの動向を見るばかりだった。痺れを切らした吹雪さんは闇竜でサイバー・ダーク・エッジに攻撃を宣言。亮は先程と同じく装備されていた黒竜の雛を墓地へ送り、サイバー・ダーク・エッジを戦闘破壊から守った。


「破壊は免れても、3000のライフダメージは適応される!!」
「…罠カードオープン、パワー・ウォール!」
「…っ、そのカード…」


亮の場に伏せられていたカード、それはパワー・ウォールだった。亮のようにカードを大切に想いリスペクトする心を持ちたいからと、私が自らの戒めの為に彼に預けたカード。そのカードは今や彼のデッキに入り、彼を守っていたのだ。亮はデッキから三十枚のカードを抜き取り、私達の目の前で無情にも、まるで塵でも投げ捨てるかのようにその場へばらまいてしまった。まさか、彼がこんなことをするなんて…驚きのあまり、呼吸を忘れかけた。…これでダメージは相殺。地面に散在する彼のカード達が視界に入る、目が眩み、地に膝を付きかけたところを誰かに腕を取られ支えられた。…十代だ。翔君、剣山君もいる…いつの間にか試合の観戦に来ていたらしい。
亮の姿に酷く動揺した吹雪さん、見れば黒い仮面を纏っていた。あれは、かつて吹雪さんが身を侵されていたという闇、“ダークネス”の力だろうか。嬉々として手札から発動したのは火竜の火炎弾、その効果でサイバー・ダーク・エッジが破壊され、ターンは亮へ。


「貴様のデッキはあと三枚…馬鹿な真似をしたものだ」


パワー・ウォールの発動により、亮のデッキは大半が失われている。これがパワー・ウォールのデメリット…しかし、彼のモンスターは墓地のモンスターを活用するものが多い。このカードを利用した戦術は…私と同じ。亮はカードをドロー、同時に罠カード、リビングデッドの呼び声を発動しサイバー・ダーク・エッジを特殊召喚。手札からはサイバー・ダーク・キールが通常召喚される。そして融合を発動し、場に揃った三体のサイバー・ダークモンスターから鎧黒竜─サイバー・ダーク・ドラゴンを特殊召喚。同じように墓地からドラゴン族モンスターを装備することが出来る効果を持つ、しかし今までのようにレベル4以下、という制限はない。


「俺は真紅眼の黒竜を…貴様の墓地から引きずり出す!!」
「何っ…!?」


真紅眼を装備したサイバー・ダーク・ドラゴンは、その攻撃力分、攻撃力が増加。更に墓地のカード一枚につき100ポイントの攻撃力が更に増加する効果。亮の墓地のカードは…三十七枚。


「この為に、三十枚ものカードを…」
「そんな…こんなの相手を完全に見下した傲慢な戦術だ…!こんなの、お兄さんじゃない…!!」
「サイバー・ダーク・ドラゴンの攻撃力は…7100……」


亮はそのまま、闇竜へ攻撃を宣言した。破壊された闇竜と共に、仮面を付けた吹雪さんが苦しそうに雄叫びを上げる。…吹雪さんのライフは、尽きてしまった。私を支えてくれていた十代と共に吹雪さんに駆け寄り、彼の腕を取り支える。すると、仮面と共に吹雪さんの身体から黒い霧が離れていく様子が見て取れる。…視界の端、それを見た亮が少しだけ口端を上げていた。


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