7


プロリーグに戻った亮は、快勝を続けていた。今日の試合で破竹の十連勝。そして今や、彼は世間でこう言われている。ヘルカイザー、亮。
言葉の通り、彼は相手をリスペクトするデュエルスタイルから一転、勝利のみを渇望するようになっていた。再び私達の目の届くところに姿を現した彼、その獰猛さ、残虐さ。彼の激情が相手を怯ませる。今までと同じカードを使っていても、以前であれば絶対に取らなかった戦術を選んでいる。相手の戦意を喪失させるほどの圧倒的な力で、叩き潰す。…まるで、彼に出会う前の私を見ているようだった。彼はその力を以ってヒールに転向し、大衆の人気を取り戻している。“勝利を得ること”。彼はそこに生きる意味を見出した。プロ決闘者を生業としているのならば、その結論は至極当然なのかもしれない。
相変わらず、彼と連絡は取れないままだった。


「急に呼び出してすまない、天上院吹雪君、そして…妃真琴君。」
「いいえ、私達に何か御用ですか…鮫島校長。」


私は吹雪さんと共に、校内放送で校長室へと呼び出された。ここのところ暫く姿を消していたらしい鮫島校長だが、どうやら学園に戻ってきていたようだ。彼は私達の顔を見て一つ頷くと、私達に向けて机上にひとつのメダルを置いた。そして、これは“ジェネックス”の参加資格者が持つメダルだと言う。


「私はこのデュエルアカデミアを舞台に、デュエルの世界大会・ジェネックスを開催することにした。」
「世界大会…?」
「参加者はデュエルアカデミアの生徒だけではなく、世界各国の名だたる決闘者にも及ぶ。そこで私は、参加資格であるこのメダルを彼らに配ってきたのだ。」
「……亮にも、ですね。」
「…ああ。」


校長はジェネックスを開催するにあたって世界各国を回り、彼自身が選んだ強豪決闘者達をこの大会に招待していたという。そして勿論そのメダルは、亮の手にも渡っていた。
かつての校長は、かの地にあるサイバー流道場の師範代、亮はその門下生であった。校長は亮を再び正しき道へと導く為に、亮を道場へと呼び出していたのだ。それに応じた亮は校長に挑み、…そして亮が勝利した。亮は、古来より道場に禁じ手として受け継がれていたという裏サイバー流のデッキを手にし、去っていったという。
すまない。視線を落とした校長の口から謝罪の言葉が漏れた。自分では、亮を更生させるなど到底成し得なかった。彼の力は最早常識の範疇を超えており、その戦略は全くもって予想できない。彼は今や、共に闘ってきたサイバーエンドすら使い捨てるほどだ、と。更なる力を手にした彼、最早自分には止める手立てはない。校長の声は、震えていた。


「だが、しかし…まだだ。この学園には十代君や翔君、そして君達がいる。」
「…僕達が、」
「…私、……」
「亮は必ずこの大会に参加する。頼む、亮を…救ってやってくれ。」


裏サイバー流。あまりに強大な力を持つが故に、デッキの誕生当初から封印されていたという伝説のデッキ。そんなデッキを手に入れた彼に、…私では太刀打ちできる筈もないだろう。カードすら己の勝利を得る為の道具、そう考えているという亮。しかしサイバードラゴン達は、彼のデッキは…常に彼を信じ、彼に応え続けている。だからこその引きの強さ、だからこその勝利。…そう考えれば、私の胸中は暗く淀んだ。彼が手放したものは、彼が私に教えたものだった。私は彼からたくさんの事を学んだ。だというのに、彼自らがそれを否定し、それを捨てたことによって得た強さをまざまざと見せ付けている。…その姿はかつての私を見ているようだとは言ったが、私は彼のように突き抜けた強さを持っていたわけではなかった。いくら己の正義を語っていても、結局私は半端者であったのだと自身を嘲笑する他なかった。


「救う、って…どういうことなんでしょうか。」
「真琴ちゃん…?」
「…彼にリスペクト精神を取り戻すことが、彼を正すということなら…私には荷が重い。彼を救うのは、私ではありません。私は…彼がどんな道を選ぼうと、それを受け入れます」
「…真琴君…。」
「すみません、校長…貴方のお考えを否定するわけではなくて。…人にはそれぞれの正義がある。彼を止めたいと思う人がいれば、そうではない人もいる、…それだけなんです」


『真琴、…俺はお前の憧れた俺で在り続けたい。』


目を伏せれば、亮の微笑みが瞼の裏に蘇る。
あの日、私は亮の背を押した。私が彼を止めていたら、彼はこの道を選ばなかったのかもしれない。しかし、あのまま転機なく時を過ごしていたら今頃彼は、…そう同じことを何度も考えていた。どんなに思考を巡らせても、全ては結果論でしかないけれど。きっと彼を知る殆どの人は今の彼は間違っていると、今までの彼に戻ってほしいと彼を止めるのだろう。…それでも、彼の苦悩を一番近くで見ていた私には、どうしてもそれが出来そうになかった。あんなに苦しんで、辛そうにしている彼をもう見たくないという気持ちの方が強かったのだ。
私は踵を返し、メダルを受け取ることなく校長室を去ろうとした。校長は立ち上がり、少しだけ慌てた様子で言った。


「亮が、君に伝えたいことがあると…!」


これほど己が単純だったかと驚いてしまった。跳ねる様に校長へ振り返り、動揺した私の瞳が彼を写したのだから。そうしてゆっくりと、校長が口を開いた。

───お前が目指した高みへ、俺は辿り着く。

それを聞いたとき、私は愕然とした。吹雪さんが私の名前を呼んだ気がしたが、気付くと私は震える指先でメダルを掴み、校長室を飛び出していた。無我夢中で自室へと戻り、ドアを背に蹲る。切れた息を整えていれば歪んだ視界。彼の言葉で、遂に理解してしまった。

彼は、私が見る筈だった景色を追っているのだと。


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