明くる日、クラウドはこの七番街スラムでなんでも屋として働いていた。その働きぶりは簡単なおつかいから難解なモンスター退治までと幅広く、街の人達は、報酬にはシビアだがどんな依頼も難なくこなす…となんでも屋クラウドに信頼を置いたようだ。殆ど外に出ていない私ですらその日のうちに噂を耳にしたほど、街に評判は回っていたようだった。

ティファと共に一通りの仕事を終えたクラウドがセブンスヘブンに戻ってくる。ティファ達はすぐに地下の部屋に篭り、今後の作戦会議を始めたようだ。次の作戦も、恐らく近いうちに決行されるのだろう。ティファのカクテルと共にカウンターに残されたクラウド。店内には他に人の気配を感じなかった、奥の部屋からちらりと顔を出すと、私の姿を見付けた彼は途端に微笑んだ。


「出てきて大丈夫だ、誰もいない。」
「うん、ジェシーも下、行った?」
「ああ。…アンタ、すっかり此処に馴染んでるんだな。」
「皆がよくしてくれるから。次の作戦、一緒に行くの?」
「報酬次第。金が必要だから。」
「お金を貯めて、どうするの?」
「………何をするにも金は必要だろう。」
「確かに、そうだけど」


カクテルを呷った後、徐ろに席を離れたかと思えばダーツに勤しむクラウドの姿をカウンターの中から眺める。放たれるダーツがブルにばかり刺さる様を褒めると、このくらいアンタも余裕だろう、と言われる(確かに、以前チャレンジしてみたら6投で済んだ)。…彼と共に、ミッドガルに戻りなんでも屋を始める筈だったという、私。お金を貯めて、私達はどうする気だったんだろう。何か、目的があったのだろうか。…まだ彼の事はよく知らないけれど、…何となく、彼のお金への執着は、ただ生活する為だけのものではない気がした。


「その後は、違うところへ行くの?」
「…まぁ、元々此処に永住する気はなかった。此処を出るのは嫌か?」
「嫌か、って。私は着いていく前提なんだ」
「当然だろう。」


もう二度と離す気はない。そんなことを真顔で言いながら、ダーツを続けるクラウド。確かに、私は一度彼と離れてしまったということだ。こうして再会した今、彼が私にそう言う気持ちも勿論分からなくはない。…けれど、そんな風にさらりと言っていいものなのか、その台詞は。彼は真っ直ぐ前を見つめたまま、…私の熱くなった頬など知らないまま。なんて狡い人なのだ。…悔しい気持ちで、少しだけ意地悪した。


「……じゃ、クラウドが今一生懸命稼いでいるのは、私達の結婚資金を貯めているってこと?」
「な、!!?」


…彼は漸く体勢を崩し、ダーツは壁に刺さったのだった。


「レイ、あのね。明日、次の作戦が始まることになったの。伍番魔晄炉。今度は、私も行く。」
「ティファ、…大丈夫?」
「…うん、皆に任せてばかりじゃ、ダメ…だよね。そうだ、クラウドは今回一緒じゃないの、レイの傍にいてもらうようにお願いしておくから。」
「わかった…無茶しないでね」


そして、夜。作戦の決行日を明日と定めた彼らの決起会も無事終わり、後片付けを終え…いつも通り人目につかない時間に部屋に戻ると、クラウドは出掛ける準備をしていた。どうかしたのかと尋ねれば、ジェシーに仕事を頼まれたのだという。明日の作戦前に、準備でもあるのだろうか。気をつけてねと手を振り送り出したものの、背を見送り一人ベッドに寝転がれば不安に胸がざわついた。…彼は無事に帰ってくるだろうか。こんな時、私が記憶を失っていなければ、ティファやクラウド、そしてジェシー達の力になれていたんだろうか…。今は考えても仕方のないことだ。そうして私は眠りについた。


「レイリア」


───意識が浮上する。いつのまにか眠っていたようだ。名前を呼ばれた気がして薄らと目を開けると、そこには私が、…いや、私じゃない。私に似ている、けど違う。闇夜に目を凝らす。…男性だ。長く揺れる銀の髪、澄んだ碧の瞳、軽く引き結んだ薄い唇。そんな風貌の私によく似ている男性が、ベッドに寝転ぶ私の上に覆い被さり、微笑みを携え静かに私を見下ろしていた。それは、あまりに現実味の無い光景だった。夢を、見ているんだと思った。貴方は誰。そう問いたくも、声が出ない。


「愛している。」


その男性は私を見つめ、そう言った。あまりにも優しい眼差しだった。彼は私の額、瞼、頬、そして唇へと甘い口付けを降らせていく。それを拒むこと無く享受する私。…拒めないのだ。身体は石のように動かない。彼は最後に私の首筋に顔を埋め、そのまま数回啄んだ。ちりと走る微かな痛みは、何故だか懐かしい感覚であった。…だが、不思議と悲しい気持ちになった。彼はまるで赤子を愛でる様な、そんな仕草で私の頭を撫で、そうして最後に私の耳元に、囁いたのだ。


「お前は、俺のものだ。」


「レイ、」
「…ん」


ゆら、ゆら。緩く身体を揺さぶられる感覚に目を覚ます。瞼を開くと、そこにはクラウドがいた。時計に目を遣ると時刻は深夜、朝方に近い。彼は無事仕事を終え、今しがた帰ってきたようだ。おかえり、そう呟くと私の声を聞いた彼は眉を少し下げ、手袋を外すと私の頬を撫でた。私の頬には、涙が伝っていた。クラウドは私の涙を掬い取り、心配そうに私を見つめる。


「魘されていた。…嫌な夢でもみたのか。」
「…どうかな」
「もう一度、眠れそうか?」
「うん、…大丈夫」


きっとこの涙の原因は、先程の夢だ。今も鮮明に覚えている。愛している、そう私に囁き付けた彼の顔も、声も。あれが夢なのか、それとも過去の記憶なのか、今の自分では判断できなかった。彼は一体、何者なのだろうか。考え込む私は、その首元を見たクラウドが瞳を細めていることなど、気にも留めずにいた。



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