「レイ!レイ、ちょっと来て!」
「待ってティファ、今行くわ」


厨房の奥の部屋で明日の仕込みをしていると、遠くからティファの私を呼ぶ声、早足で店のフロアに向かう。はしゃぐマリンとバレットの声が聞こえた。彼らが帰ってきたのだ。おかえりなさい、バレットに声を掛けながら踏み入るフロア、…そこにいたのは、大きな剣を背負った金髪の青年であった。彼がきっとティファの言っていた傭兵、彼女の幼馴染だろう。彼は私の姿を見るなり息を飲んだ。そして私が言葉を発する暇もなく此方に駆け寄ると私の手を掴み、そのまま身体を引き寄せたのだ。


「レイ…!!無事だったんだな!!」
「…!私を、知っている?」
「何を言って、」
「クラウド、やっぱり知ってたんだね、レイのこと。…レイね、今記憶を失ってるんだ。」
「そんな…」


ティファの言葉を聞き、私から少しだけ体躯を離した彼は、酷く悲しい瞳で私を見つめた。それは私と同じ色の瞳だった。

彼は、名をクラウドと言った。彼が私を知っているだけあって、その響きは私の中でも馴染みがあった気がした。ティファに会った時と同じ感覚だ。ティファは今まで、療養中だった私の為にとあまり込み入った話をしてこなかった。しかし、ティファも此処に至ることとなった私についての詳しい状況は殆ど知らない。クラウドは自分の口から、彼の知っている私の身の上を語ってくれた。

私の本名はレイではなく、レイリア。レイというのは私が名乗る時に使っていたようで、所謂愛称だったらしく、その本名は数少ない人間しか知らなかったそうだ。それを聞いた時、ふと過去の記憶であろう誰かの声を思い出した。その声は、私のことをレイリアと呼んでいた。間違いなく、私の名だ。ティファすら知らなかった私の本名を知るこの人は、私の特に親しくしていた人物であるのだと充分に納得できた。
そして私はクラウドと同じく、バレット達アバランチの敵である神羅カンパニーの兵士、精鋭部隊・ソルジャーとして働いていたという。そのクラスは1st。クラスというのは兵士の能力を表した指標のようなもので、能力の高いソルジャーは上位のクラスに配属される。1stというのはその最高ランクで、私は下位ソルジャーや訓練兵の指導員も兼任していたらしい。兵士時代からクラウドの上司として、一緒に任務に行くことも多かったということだ。

私がこうして記憶を失ったのは、とある任務の最中、クラウドと共に神羅を離反せざるをえなくなったことがきっかけだろう、と彼は言う。当時のクラウドは怪我を負い、意識も曖昧だった為あまり確かな記憶ではないそうだが…覚えている限りで言うと、私達は共に神羅を離れたわけだが、ある時彼と行動を別にしなければならなくなったそうだ。それ以降、私はクラウドと合流することが出来なかった。気付いたときには私は大怪我を負い、ミッドガル郊外に倒れていたところをジェシーに助けられ…記憶を失っていた。
私はクラウドとミッドガルに戻ったら、一緒にお金を稼ぐ為、なんでも屋をやろうと約束していたという。彼は約束通りなんでも屋として活動しながら、私を探そうとしてくれていたらしい。どうやら今回の件が初仕事だったようだが。


「…まさか、ティファのところに居るとはな。」
「私もびっくりしたよ、…あのね、レイ、殉職したって…神羅に発表されてた、…世間は、そう思ってる。…だから神羅の目に触れさせないほうがいいと思って、ここで匿ってたんだ。」
「…助かった。…もし神羅に見付かれば、抵抗できない今なら簡単に殺されていたかもしれない。」


───殺されていたかもしれない。ティファから、人前にあまり顔を出さないで、ときつく言いつけられていた理由はこれだった。ティファは、私が大怪我を負っていた理由、それが神羅によるものではないかと考えていた。そして同じく神羅を離れたクラウドならば、私の力になってくれるかもしれないと彼を頼った。…ティファの予感は的中していたのだ。私は神羅に存在を抹消され、世の中では死んだとされている人物。次に神羅に見付かれば、…ただでは済まないのだろう。彼の語ったことを、直ぐに全て飲み込み理解したわけでは、ない。今の私にとってみれば突拍子も無い話だ。まさか私が、ティファ達の敵である組織で働いていただなんて。でも、否定する材料も、ない。私達が何故神羅を離れたのかということに関しては、クラウドは俯くばかりで、その理由を語ろうとはしなかった。


「ねぇ、クラウド。暫く此処にいるよね…?レイの傍にいてあげてほしい。」


クラウドは頷き、私の手を緩く引いた。…記憶が無いながらも、この人と触れ合えば心が温かくなった。私はこの人を深く信頼していたのだろう。私が彼を大事に想っていたことは、この胸の高鳴りから容易に想像がついた。…そして彼の眼差しを見れば、私も彼に大事に想われているのだということは、よく分かる。私達は互いに、想い合っていたんだろうか。


「俺はレイの記憶を取り戻したい。…伝えたいことが、あるんだ。」
「…わかった。私、貴方と一緒に居る」
「レイ、その…大丈夫?いきなり、こんなこと…それに、今のレイにとっては…クラウドが信頼出来る人かどうかも、わからないでしょ?」
「…ううん、どうせいつかは知らなきゃいけない事だった。それに…わかるの。この人は大丈夫」
「レイ…」
「ティファの時もそうだった、顔見ただけで、大事な人だって思ったの。今、私、この人の傍に居たいって思ってる、…心がそう言ってる」


この温かな感覚に包まれていたい。私がそう言えば、クラウドは嬉しそうに口元を緩めた。


「ねぇ、クラウド。それどうしたの?本物なんて珍しいね。」
「ああ、…」


ティファがクラウドの胸元に黄色い生花があることに気付く。クラウドは徐ろにその花を摘み、私に差し出した。差し出されるまま、私は受け取る。ティファは、クラウドこんなことするんだ、なんて茶化していた。5年振りだから少しは変わる、と返したクラウド。…その口ぶりからティファとクラウドも、会ったのは5年振りだったようだ。私と、同じ。


「この花の、花言葉はね──」


「…再会」
「…え?」
「花言葉は、再会…」


手渡された花を見つめ、頭に浮かんだのはこの花の花言葉だった。いつか、私は誰かに教えてもらった。二人にぴったりじゃない、ティファはそう言って笑った。

天望荘。私は此処に匿われるようになってから、ティファの住む部屋の隣を使わせてもらっていた。クラウドが暫く滞在するにあたり寝泊りする場所が必要になったので、私の部屋である202号室を使ってもらい、私はティファと二人で201号室一部屋を使う、という話になった。部屋の荷物を引き上げるのに、クラウドが同行してくれた。


「といっても、あんまり荷物は無いんだけど。女の子だからって、最低限のものはティファがくれたの」
「…そうか。」
「…クラウド?そこ、立たれると出られないよ」


私の手で持てる程度の荷物を纏め、立ち上がるとドアの前に俯くクラウド。顔を覗き込むと、彼はおずおずと口を開いた。もっとアンタと一緒に居たい、と。


「アンタのことだけを想って生きてきた。…レイは俺の世界の全てだ。」
「…ありがと、私、幸せ者だね」
「レイが俺を導いてくれたから、俺は今生きている。だから…今度は俺の番だ。」
「心強い。今の私は、何も出来ないから」
「……だから、…その、」
「ん?」
「………。」
「こら、言いたいことはハッキリ言いなさい。男の子でしょ?」
「…おい、アンタ、本当に記憶を失ってるのか…?」


まごつくクラウドの様子に、咄嗟に口から飛び出た私の物言いは彼の良く知る私、そのままであったそうだ(普段からよく彼を叱咤していたのだろうか)。それにティファがいた時と、私と二人の時では、彼の態度が若干柔らかいものになった気がする。それ程、彼にとっての私というのは気を許せる存在だったのだろう。そんな彼に感化され、私も緊張することなく彼に接することが出来ている。彼の顔を覗き込むと、うろうろと視線が泳いでいる。彼は言い淀みながらも、小さな声で続けた。


「…一緒に、居よう。」
「……、うん?」
「…此処に、…」
「この部屋に、一緒に住もう、ってこと?」
「……。」
「意外と大胆な事を言うんだ?」
「なっ…!!」


私の追求に慌てた彼は、何があるかも分からないのだから一緒に居たほうが守りやすいだとか、色々話をしているうちに私が記憶を取り戻すかもしれないだとか、もっともらしい理由を述べた後、観念した様子で項垂れた。その可愛らしい様子に私は思わずその頭を撫でてしまった。


「初対面の女性をこんな風に誘える人だとは思わなかった。もっと奥手な人なのかなって」
「…初対面じゃ、ない。」
「あ、…そっか。ごめんね。折角私を見付けてくれたのに、私が私じゃなくなってたなんて。…やるせない、ね」
「レイはレイだ。…何も違わない、変わらない。アンタの視界の中が、俺にとって一番の安らげる場所である事も、俺にとっては確かなものだ。今のアンタの中に無くとも…共に過ごした記憶なら俺が持っている。これからの記憶も、一緒に作っていける。」
「…優しいんだね。貴方をそこまでさせる私って、何者だったんだろう」
「…言っただろ、アンタは俺の世界の全てだ。」
「私の世界は、貴方だった?」
「さぁな、…そうだったらいいけど。」


───すると突然、クラウドは鋭い目付きで外へ飛び出した。隣の部屋から物音がした、そう言うのだ。確かに、隣の部屋からは苦しむような声と、床を這いずり回るような音が聞こえる。大丈夫だからと止める前に、彼は隣の部屋に乗り込んでいってしまう。慌てて追いかけると、クラウドは…隣の住人、マルカートさんに大剣を突き付けていた。驚いて間に割り込めば、どうしてそいつを庇う!?そいつはアンタを…!!そう言って激高するクラウド。…その瞳は、虚ろだった。

…結局、この日はクラウドと一緒の部屋で一晩を明かした。ティファはすごく心配してくれたけれど、どうしてかクラウドはすっかり怯えてしまい、一緒に居てほしいなんてせがむものだから、断り切れなかったのだ。小さなベッドに二人で並び、控えめに手を繋いで眠りについた。誰かと一緒に寝るなんて、いつ振りの事だろう…。人の体温に安心しきった私は朝まで一切目を覚ますことはなかった。



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