「レイ…!ああ…良かった、目を覚ましたのね!!」


私が世界に目覚めて、初めて視界に映ったのは、涙を一筋流す美しい女性の姿。

ある日、私は見知らぬ場所で目を覚ました。この場所に辿り着いた経緯は、全く覚えがない。…どうやら私は記憶を失っているようだ。思えば両親、友人…出生。自分の名前も、今まで何処でどうやって生きていたかも、この世界の事も、兎に角全て…今の私には何の情報もない。何も、分からなかった。

この街、魔晄都市ミッドガル…場所はその郊外での出来事。私は大怪我を負い、意識を失って倒れていたところをとある女性、ジェシーに発見された。ジェシーは私を介抱する為、此処七番街スラムの酒場、セブンスヘブンに私を連れてきてくれた。その店主はティファという女性。…驚くべきことに、彼女は記憶を失う前の私を知っていた。友人だったという。最後に会ったのは五年前、私が仕事の都合で彼女の故郷を訪ねた時だったそうだ。ティファは私の名前を教えてくれた。私の名前は、レイ。


「レイリア。君は、今日から俺のレイだ。」


───誰かの声が、頭の中に蘇る。そうだ、私はレイ。…レイリア。それは大切な人に貰った、大切な名前だった。


「レイはね、よく私のところに遊びに来てくれていたんだよ!困った時はいつも、助けてくれたの。」
「そう、だったんだ。…ごめん、何も覚えてなくて」
「ううん、でもまさかこんな所で…こんな形で再会するなんて思わなかったよ。だって、レイは…」
「…?」
「……ううん、何でもない!」


記憶を失った私を、ティファは献身的に世話をしてくれた。元々友人だったというだけあって、気さくに接してくれる彼女に、私は時間をかけずすっかり心を許した。彼女の笑顔を見れば懐かしい気持ちになったし、声を聞けば安らぐ。一緒に居ると心地が良かった。…きっと私は、彼女を大切に思っていた。温かい気持ち。失った記憶の中で、この感覚だけは確か。そう彼女に伝えてみれば、彼女は瞳を細め、嬉しそうに微笑みを向けた。

ティファは、好意から私を此処に置いてくれると言った。今度は自分が、私を助ける番だと。…私は自分が何故記憶を失ってしまったのか、その原因も分からなかった。大怪我を負っていたというから、単に怪我をしたショックなのか。…それとも、忘れたい程の出来事でもあったのか。自分の名前さえも分からない、そんな中、自分の事を知っている人物の支援は非常に有難いものだった。

まず、無償で衣食住を確保してもらっている今の状況を脱さなくてはいけない。幸いな事に、生きる為の術まで忘れてはいなかった私は、自身のリハビリを兼ね、ティファの役に立てばと店の手伝いをすることにした。ただ、ティファからはあまり人前に姿を出さないようにと言いつけられ、外に出るのは早朝、深夜のみ。なるべく顔を隠し目立たない格好で生活しつつ、店では主に厨房で働くことにしていた。その理由を、ティファはそのうち話すね、と言うだけだった。…恐らく、彼女は私に関する何かを知っている。もしかしたらそれは、私が記憶を失った原因かもしれない。しかし、私の身体も本調子ではなかった。彼女が私を守ってくれている事には違いない。私が私を取り戻すことはそう急ぐことでもないのだ、今は出来ることに取り組むと決めた。


「レイ、レイの料理は本当に旨いッスね!いくらでも食べられちゃうッス!」
「ウェッジ、ありがと。でも程々にね」
「いやー、美人で家庭的、気が利く!いいねいいね、お嫁さんにしたいっ!!」
「ふふ、じゃあジェシーと結婚しちゃおっかな」
「何言ってんだか…レイ、これ苦すぎるぞ。味見たか?」
「…やだ、リキュール間違えたんだ。ごめん、ビッグス」
「あははっ、レイ、昔から完璧に見えてちょっと抜けてるところがあるんだよね、可愛い。」
「やめてよティファ…恥ずかしい」
「レイ!じゃんじゃん料理持ってこい!!」
「了解、ちょっと待ってて、バレット」


私を助けてくれたジェシー、ティファ、そしてセブンスヘブンに良く来る彼女達の仲間…ビッグス、ウェッジ、バレット。それからバレットの娘、マリン。他と隔たれた私の世界といえる存在は暫くこの人達だけだった。皆得体の知れない存在の私を受け入れ、親身になって手を貸してくれた。お金もあまりない、手に入る物も限られている…決していい環境とは言えないスラム。だが私には充分過ぎるほど、楽しい時間だった。

彼らはこのセブンスヘブンを拠点として、度々地下の部屋に集まっていた。此処ミッドガルが発展する要因となった魔晄エネルギー…それはこの星の地中深くから無尽蔵に湧き出す資源。その資源を利用する術を生み出した神羅カンパニー。…だが、資源の正体はこの星の命であり、血だ。それを搾取し続け星の寿命を削る神羅カンパニー、世界屈指の大企業を相手に、星を守るべく活動しているレジスタンス組織…アバランチ。それが彼らなのだと、バレットは言っていた。詳しくは聞かなかったが、これから活動が活発になるらしく、彼らはその為の会議に連日追われていたようだった。…私に出来ることは特になく、いつも通りこの店をマリンと一緒に守ることくらい(といっても、居るだけ)だ。

ある日、遂にバレット達アバランチは大きな作戦を決行することになった。…その作戦に、ティファは参加しなかった。街を壊すような、随分と過激な作戦になるようだ。その方針にティファはあまり乗り気ではなかったらしく、彼女を除いた四人、それから…傭兵を雇うということで話が纏まったそうだ。


「その人ね、同郷の幼馴染なの。たまたま再会して…、多分レイの事を知っている、と思うんだ。」
「そう、なの?」
「うん。作戦のことで、バタバタしてて聞きそびれちゃったんだけど…帰ってきたら紹介するね。」


───その日の夜、作戦に出掛けて行ったバレット達は、無事に当初の目的である壱番魔晄炉の爆破に成功した。彼らは神羅が魔晄エネルギーを資源と変える為の施設、魔晄炉の活動を停止させ、神羅による魔晄の搾取を少しでも減らせれば…と考えているようだ。
ミッドガルという街は、大まかに言うと二層に分かれている。私達が居るのが下層部、スラム。そして上層部であるプレート、そこに住む人は、それこそ魔晄エネルギーの影響で豊かな暮らしをしているという。しかし私達の生活も、殆どが魔晄エネルギーによって賄われている。…いや、それが星の寿命を縮めて良いことにはならないか。

マリンと絵を描いて遊びながら、横目でテレビのニュースをティファと見ていた。炎上する壱番街、そして八番街プレート。その惨状に思わず息を呑んだ。街は火の海、ガレキの山。逃げ惑う人々、その様子はまるで作り物のよう。現地のレポーターが今もなお爆発が続いていると悲痛な声で叫び、ニュースキャスターは増え続ける死者、負傷者、行方不明者の数を淡々と読み上げていた。…この七番街スラムにまで、繰り返し爆発による揺れが起こっている。彼らの目的は、達成された筈、なのだ。しかし、…隣のティファは、浮かない顔で項垂れていた。彼女が乗り気でなかった理由は、こういうことだったのだろう。今彼らは星の命を守る為に、人の命を犠牲にしている。


「…ティファ」
「大丈夫、…みんな、早く帰ってこれるといいんだけど。」
「…そうね」


暗い表情のまま、ティファは重い足取りで店のドアを開け、見えない空を仰いだ。マリンは眠そうな目を擦りながら、ティファと一緒に父ちゃんを待つのだと言って彼女の後を追った。

人は己が正義の為に闘う生き物だ。そして正義の矛先が同じ人間は集い、異なるものと争う。私には、今までどんな正義があったのだろう。…心の中に何の標もない私には、バレット達の無事を祈ることくらいしか出来なかった。



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