「ちょっとジェネシス、今何処にいるの。私をエスコートしてくれるんじゃなかった?」
『…すまない、今夜は行けそうに無い。お前のドレス姿、この目で見たかった。』
「帰ってこない貴方が悪い」
『他の男に指一本触れさせるなよ。例え世界の何処にいようとも、お前は俺のものだ。』
「…ハイハイ。仰せのままに」
『……レイリア、…』
「ん?」
『…愛している。俺の宝物。』
「……何言ってるの。気を付けて帰ってきて」


「レイ、ジェネシスはどうだ?」
「来れないみたい。私達だけでやろう」
「仕方ないか、…しかし」
「…どうしたの?アンジール」
「…お前、その格好でいざという時動けるのか?」
「ジェネシスが選んだの。似合うでしょ?」
「似合うでしょ?じゃない。ったく、人様の前でそんなに肌を晒して…」
「……アンジール、なんだかパパみたい」
「パ、パ……!?」


端末は乱雑に小さなパーティーバッグへと収めて、私はヒールを鳴らす。新羅カンパニー代表取締役副社長兼執行役員就任記念パーティー、戦時中にも関わらず金持ちの道楽会は本日無事開催に至った。神羅の重役、それから関連企業の代表などが集まっており、成る程敵の強襲を誘う絶好の機会である、私達も駆り出される訳だ。会場には既に一般兵が大量に配置されている。お招き頂いた私達ソルジャー1stに与えられた任務は副社長の命を守るという事、その一点のみ。これだけの要人が集まっているというのに、ソルジャーである私達はただ一人の人間の命だけを守ればよいという命令…何とも冷徹極まりない。私達四人を指名したのは副社長ご本人。当然といえば当然だが、神羅カンパニー代表取締役副社長兼執行役員のボディーガードともなれば、任務に多忙なソルジャー1stの全員をも招集できるのかと半ば呆れた。雇い主様様といったところ。
任務中はジェネシス、アンジール、セフィロスは会場の周囲、私は会場の中へと配置される手筈であった。しかしジェネシスは任務からの帰還が遅れ、この作戦には不参加。セフィロスも、連絡つかず未だ会場へ姿を見せない。浮き足立つ厳かな面々を見送り、私とアンジールは持ち場へ付くこととなった。


「馬鹿みたい、こんなの着たって、見てくれる人なんて居ないのに」
『おいおい、此処に居るだろう。俺だけでは不満か?』
「…む」
『ま、電波は良好って所だな。』
「だって…ジェネシス嘘吐きなんだもん」
『お前達兄妹は本当に…仲が良いにも程があるな。』
「ふふ、妬いた?大丈夫よ、アンジールがいれば平気」
『家族の絆には及ばないが、俺も幼い頃からずっとお前のことを見てきているんだ。忘れてくれるな。』
「分かってるってば、もう…」
『お前の通信機だけはマイクが常にオンになっている。何かあればすぐに呼べよ。』
「了解、お願いね」


煌びやかなシャンデリア、艶やかなカーペット、会場いっぱいに並べられた豪華なビュッフェ、それを囲む着飾った客人達…一人眺める私。恐らく副社長が挨拶するのであろう、整えられたステージの脇、壁の花。彼の選んだ豪華な真紅のドレスにきらきらと輝くアクセサリーをたっぷり身に纏って、態々髪までセットしてもらったというのに、本人は欠席ときた。…少しくらい拗ねてもいいだろう。
ジェネシスは村にいる頃から、優秀な地主の息子、同年代の子供達を牽引する存在だった。だから我儘をきいたり、甘えさせてあげられるのは私だけ。…それは今も変わらないと思っているのに、彼は大人になるにつれて私に我儘を言うことはなくなっていた。それどころか、彼は私を甘やかしてばかり。今日は彼の小さな我儘をきいてあげたかったというのに。
片手にシャンパングラスを持ち、足元に視線を落とした。ドレスは胸も背中も大きく開き、裾はスリットが深いとはいえロング丈…パンプスのヒールは普段履きなれない高さ。アンジールが小言を漏らすのも分からなくはない。左耳に髪で隠したイヤホンを装着し、スイッチを操作せずとも通信できるようにしてある。スカートの中にはナイフと銃もある、出番が無いに越したことはないが…万が一のことがあればアンジールがすぐに駆けつけてくれるだろう。一通り見回したが不審人物は見当たらない、会場は本日の主役をお待ちかねだ。まだまだ任務はここから。


『レイ、聞こえるか。副社長がご到着された、会場に入るぞ。』
「うん、…、セフィロスは?」
『まだ連絡は取れない。来ないかもしれないな。』
「…来なくていいなら私も来たくなかった」
『俺を一人で働かせる気か。』
「う、…冗談だってば」
『真面目にやれよ?』
「…はぁい」


アンジールからの通信に耳を傾けていると、会場入り口の扉が開かれ、歓声が上がった。遠目に見ると、輪の中に白いスーツ、金髪の男。彼が片手を小さく上げると、客人達はこぞって拍手。背景として浮かないよう、取り繕った笑顔で私も拍手をする。そのままの足でステージに向かう彼を見遣り、彼の死角へ入ったところで大きな溜め息を吐いた。ルーファウス神羅、彼のご高説が始まった。登壇後も不審人物の動きは見えない。ひとつ、欠伸。


「退屈させてしまったようだな。」


───突然耳に届いた声。視線だけを流すとそこに居るのは正しくルーファウス神羅。彼の挨拶が済めば再び暫しご歓談といった時間であったのだが、彼は来客への対応に勤しんでおり、私は近寄ってくる男をかわしつつ彼から目を離さないようにと立ち回っていたところ…まさか私にまで、直々に声を掛けてくるとは思わなかった。彼に向き直り深くお辞儀を、すると彼は笑みを浮かべたまま無遠慮に私へと歩み寄り、私が頭を上げると同時に腰を抱いて自らへと引き寄せた。彼の端正な顔が近付く。


「君の事は聞いている。史上初の女性ソルジャー1st、しかし…少々驚いた、聞いていたより余程、いや…まさに息を呑む程に美しいとはこの事か。最早そう言葉で表現するのも憚られる。」
「…」
「この会場で、君は私以上に輝いているよ。エスコートは?」
「……私は任務で」
「私を守る為此処にいる、…つれないな。」


ドレスから覗く背中を、彼の指が滑る。ほんの少しだけ眉を動かすと、他の客からは見えない角度で胸の谷間にカードキーを押し込まれた。…何を言いたいのかは、落ちてくるその視線を見れば流石の私でも分かる。周囲の視線を感じながら、胸中を占めるその感情は、たった一つ。


「………気持ち悪い。汚い手で触らないで」
「ほう…。気の強い女は好みだ。」
「残念だけど、もう所有者がいるの」
「残念だが、他人の物ほど欲しくなる性質でね。全く、どうしてそうも私の気を引く。…さて、君をこの手の内に収めるにはどんなアイテムが必要だ?私は君が望むままに、金だろうが地位だろうが何でも与えてやれる。」
『レイ、腐っても上官だ。あまりナメた口を利くな。』
「…確かに、腐ってる」
『レイ!』
「腐っている、か…クク、強ち間違いではないが。」


彼は私の手を掬い、持ち上げるとその甲に口付けを落とした。そして私の耳元に唇を寄せ、囁いたのだ。私と共に行かないか、お前の力を貸してくれ…と。その声色は優しく、言葉の真意こそ分からないが、大抵の女はこれに頷きを返すのだろうということは肌で感じた。私の眉間の皺は深まるばかり。その間にも、透き通る青い瞳が真っ直ぐに私を捉えて離そうとしない。周囲のざわめきも大きくなってきたところで、痺れを切らした私が彼から距離を取ろうとした、その時。私は近寄ってきた人物に乱暴に腕を引かれ、その人物の胸へと飛び込む形で抱き締められてしまったのだった。


「…セ、」
「ふむ…、これは手強い。」
「迎えが来ている。早々に失せろ。」
「…どうやら、ラザードは口の利き方までは教えてくれなかったようだな。」


───やって来たのは、セフィロス。胸元からそろりと顔を上げ、彼の顔を見遣る。ルーファウスから守る様にと私を抱き締める彼は、スーツに身を包んでいた。見慣れないその姿に思わず見惚れ、言葉を失う。


「成程、私に目を向ける余裕もないという事か。」
「フ…残念そうには見えないな。」
「お前が躍起になるのも分かるさ、だが…いずれ。全ては、この私が」
「演説は聞き飽きた。…行くぞ。」
「わ、」
「…レイリア・ラプソードス。」


セフィロスは私の膝裏に腕を回してさっと私を横に抱き上げ、その場を去る。ルーファウスに呼びかけられたのは、私の本名だった。その名を知っているのは家族とアンジールだけの筈。神羅の中枢人物ともなればそのくらいは調査すれば簡単に分かるのだろうが、彼が今、それを知っているということに驚きを隠せなかった。セフィロスがその呼びかけを無視して歩いていくうち、彼の肩越しにルーファウスと視線が合った。私は君を手に入れる、その瞳を再び私に向けさせてやろう、必ずだ。そう言った。…私はそのまま彼から視線を逸らしたのだった。


「…迎えって、何?」
「副社長殿はこのまま長期出張に向かうそうだ。表に車が来ていた。」
「ふぅん、…お忙しいこと」
「随分目をかけられていたようだな。…この格好では、仕方がないか。」
「…もう少し早く来てくれても良かったのに」
「レディをエスコートするには、相応しい服装というものがあるだろう。」
『お前達…あまりヒヤヒヤさせないでくれよ。』


人気のないテラスへとやってきたところで、漸く彼は私を下ろした。まじまじと彼の姿を見つめてみれば、何故だか頬が熱くなる。私の服装に合わせて、態々…。彼の大きな掌が私の左頬を包み、そのまま私の耳に嵌まるイヤホンを取り外すとマイクの電源を切り、アンジールに応答することもなくジャケットのポケットへと入れてしまった。彼と二人、夜の静寂に包まれていれば、いつしか彼はそっと私を抱き寄せていた。見上げる彼の顔は酷く優しい笑みで満たされている。彼の指先が私の胸元に触れ、そのまま谷間に滑り込んだ。とくりと跳ねる鼓動、その指先は押し込まれていたカードキーを摘み出す。お前は無防備すぎる、と彼の甘い声が降ってきた。彼にはお見通しだったようだ。


「別に、…自分の身くらい、自分で守れるもの」
「ほう。ならば試してみるか、丁度お誂え向きの場所もある事だ。」
「……からかわないで」
「顔が赤いな。…レイリア。」
「う、…ん」
「…お前の口から直接聞きたかったが。」
「だって、…そんなつもりはなかったの」
「隠しているのか?」
「…ジェネシスとの約束。私をレイリアにしてくれたのは、ジェネシスだから。ジェネシス、あんまり他の人に知られたくないって言うの。ただそれだけ、でもそれが全て。彼も私と二人のときしか、そう呼ばない」
「俺もそう呼んでいいか。」
「ジェネシス、怒るよ、きっと」
「だろうな。」


彼の深い翡翠色の瞳が細められる。


「…ありがと、来てくれて」
「気にするな。役得だ。」
「……ドレス、似合ってる?」
「ああ、…綺麗だ、レイリア。」


───この夜の月光が、未だに忘れられない。



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